魂のダンス

書く無用人

「BUYOBUYO」

 太陽の熱さで目が覚めた。雲ひとつない快晴。体がだるく何も考えられないが、なぜ視界は部屋の天井でなく、青空? おれは明らかに野外のどこかで倒れている。

 昨日の夜はOくんと飲んでいた。酔いが回ってきたOくんは、もっと大人数で飲みたいと駄々をこねた。Oくんは根がParty Peopleで、おれと飲むだけでは満足できないといい、他の誰かを呼ぶことになった。Rに連絡すると、別で飲んでいるから後で合流する、一緒にいる同僚も行く、と連絡があった。OくんにRが来ると伝えると一瞬眉がへの字になったが、すぐにオッケーだと言った。

 Rが連れてきた同僚は厄介な人物で、初対面なのにおれたちに対して馴れ馴れしく、無闇矢鱈と酒を飲ませてくる。そのためますます泥酔したOくんがRに絡みだした。RはOくんに以前の飲み会の代金をまだ払っていないらしい。それも3回分。Rはへらへらとやり過ごそうとしたが、その態度にOくんがぶち切れて、Rの額にお通しのメンマを擦りつけた。RもOくんに掴みかかろうとしたが、すかさず同僚が止めに入った。ここまではよかったが、こいつが「ナカナオリノカンパイ!ハイ!」と再び馬鹿げたことを言いだしたのに腹が立った瞬間、おれの脳がショートしてしまい、以後何も覚えてない。

 そして眼前には、きれいな青空、である。がんがん痛む頭を起こすと、周囲は畑。どうやらここの端っこで寝ていたらしい。家の近くの農耕地で力尽きたのか。服と靴は泥だらけで、持っていたはずのトートバッグは少し離れたところに投げ捨てられている。立ち上がって取りに行こうとすると、胃がぎゅーっとなって気持ちが悪い。用水路に向かって吐こうとしても、胃の下を踏まれながら喉を締められるような苦しさだけがある。涎なのかゲロなのかわからない液体がぽしゃっと出た。まったくすっきりしない。

 涙目で蹲っていると、「何しちょーかね」と誰かに尋ねられた。振り向くと「S」と刺繍の入った帽子を被った爺さんがいる。人様の畑で倒れていたおれが悪いので、咄嗟に頭を下げて立ち去ろうとすると、「そぎゃんとこおらんで、はやこと手伝え」と手袋をおれに渡して、近くに停めた軽トラへ戻っていった。それにしても、どうしておれの地元の言葉を使っているのか。

 爺さんは軽トラの荷台に積まれたポリタンクを運んでいる。ぼーっと眺めていると、運ぶのを手伝えと叱られた。非はおれにあるので、手袋を装着して大人しく爺さんに従った。

 ひどい二日酔いの身体に鞭打って、爺さんと一緒にポリタンクを運び終わると、次は軽トラックの奥にあったポリ製のドラム缶を運んできて、そこにタンクの中身を注ぎ始めた。中身は白い液体と透明な液体で、大きなへらを使って混ぜると次第に乳白色に変わり、とろみがついていく。爺さんは睨みながらへらを渡してきたので、自分の代わりに混ぜろということだろう。指示通りに乳白色の液体を混ぜていると、爺さんは再び軽トラックに乗ってどこかへ行ってしまった。混ぜるたびにとろみがつく液体を見ると再び気持ち悪くなったので用水路で吐いていると、爺さんはすぐに戻ってきておれを叱った。手を止めると液体はだまになるらしい。軽トラの荷台には追加のポリタンクと容器があり、おれは再び運搬作業をさせられた。液体を混ぜる爺さんの額には汗が光り輝き、鼻歌混じりで作業を続けている。

 

〽うつす二人の 晴れ姿……

 

汗が時折液体の中に垂れていた。

「よし」と声がしたので、爺さんのほうを向くと、彼は混ぜる作業を止め、ビニール袋に入った粉を容器に投入した。爺さんは再び軽く混ぜたあと、ポケットからマルボロを取り出して一服し、その後容器をひっくり返すのを手伝うよう、おれに命令した。ひっくり返すと中身はその場に溢れるかと思いきや、謎の粉の効力か、自立した。爺さんの死角からこっそり触ると、プリンより固い絶妙な弾力で、やけにぶよぶよとしている。

 爺さんはポケットから大きめのスプーンを取り出し、白いぶよぶよの上部を掬った。それを口に入れると、一瞬苦い顔をしたが、すぐに「なあああああ」と叫び、爆破音のような放屁をした。満足気な表情でこちらを振り向き、「効くけん」といってスプーンを差し出してきた。丁重にお断りすると、爺さんは気にせずバクバクと白いぶよぶよを食べ続ける。茶碗一杯分程度食べるともう満足したのか、スプーンをスコップに持ち替えて白いぶよぶよを畑に撒き始めた。手伝おうとすると、「はやいね(帰れ)!」と怒られた。何だかますます気分が悪くなったので、さっさと帰ることにした。

 帰宅後シャワーを浴び、すぐに眠りに落ちた。夕方くらいに目が覚めたが、先の出来事が信じられない。おれは畑へ確かめに行くと、爺さんの姿はすでになく、鴉がそこいらに散った白いぶよぶよをつついている。用水路近くに爺さんが崩し損ねたであろう白いぶよぶよの塊を見つけたのでつまみ食いをしてみると、濃厚ではあるがしつこくない甘みが口に広がり、後味はかすかにしょっぱい。おれはOくんにしばらく酒を控えるよう連絡し、続けて、Rには早急にOくんへ金を返すよう連絡した。この日の夕日はいつもより大きくて真赤だった。(了)

 

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BFC3に「角泰地」名義で応募したもの。