魂のダンス

書く無用人

青い円盤(2020/5/14(水)〜5/20(火)の雑記)

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 無心になれる作業が好きだ。大学生のころ、所属していたクラブで、最近の活動内容を報告する広報誌のようなものをOB・OGに発送するという雑務があった。はじまるまではすこしだるいなと思いながらも、適当にふられた仕事内容を把握し自席につく。封筒に宛名シールを貼ったり、なかに入れる案内を三つ折りしたり、周囲の人と世間話をしたりするうちに、平素では考えられないような集中力が発揮される時間が発生する。いや、集中というよりも、その作業をしている時間だけ、何も思考が生まれていないと言おうか、身体の動きのみが機械のように作動していると言おうか。この時間を経験したあと、何故か頭のなかの老廃物がすらぁと流れていったような、すっきりとした感覚になるので、ぶつくさ言いながらも人一倍しっかり取り組んでしまう。

 最近の自分にとって無心になれる作業というのは、レコードをひたすら綺麗にすることだ。ディスクユニオンで売られているレコクロスと、洗浄液であるレコクリンを愛用している。公式で紹介されている使用法のように、まずはレコクリンを数適、10 円玉の大きさくらい垂らす。レコクロスを使い、埃を拭き取る程度の力加減で、かるーく拭く。二週目もはじめと同程度レコクリンを垂らすが、この時はレコクロスでしっかりと力を入れて拭く。そうすると、案外綺麗に見えた中古レコードも、拭いてみると黄ばみが付着しており、汚れていたことがわかる。一眼で掃除の成果がわかるときもちがいい。この作業も写経のように無の心で行っているので、脳内の洗浄にももちろん効く。束の間の自浄作用。銭湯やサウナになかなか行けないなか、最近の生活のささやかな癒しである。

 レコードといえば、待ち望んでいた品物が届いた。サニーデイ・サービスの新作『いいね!』のレコードだ。本作は「熟成した初期衝動」とでも形容できるのではないか。長いキャリアを積んでいるからこそ成される音の配置などが素晴らしい一方で、メロディラインや鳴らされるサウンドは自分にとって大切となる音楽を初めて聴いたときの高揚感を、そのまま表現したようなみずみずしさがある。市井の人々の感情の動きを曝け出すような、実直な歌詞にも心を掴まれる。

 

コンビニのコーヒーはうまいようでなんとなくさみしい
恋もさめるもの
温めなおしてもちょっと最初と違うんだ
そんなことわかっているよね
サニーデイ・サービス「コンビニのコーヒー」)

 特に「コンビニのコーヒー」という曲が好きだ。頭出しのノイズが軽快なバンドアンサンブルに変わり、引用した歌詞が歌われる。コンビニのコーヒーというすっかり人々の日常に根差したモチーフが、「ぼく」と「きみ」の関係性を引き立たせる。すぐに手に入れることができるし上質だけれど、手に入れる容易さであったり消費しやすい品物。同じようにふたりの関係は、当初の熱は冷めてしまい特別感も無くなってしまった。けれども、「ぼく」は「いつも孤独なきみ」に対して歌い続ける。刹那のきらめきと祈りにあふれた素晴らしい楽曲だ。

 よく言われるように、レコードも音圧が高く、何回も何回も針を落とす。まさに「笑顔がヘタなぼくらのため」の歌が揃っている傑作だと思う。

 すこしずつ出社が増えたので、もう作業しながら音楽を聴いたり、ラジオを聴いたりすることができない。評判のラランドの声溜めラジオを聴き始めた。怠惰な性格に起因するエピソードが抜群に面白いニシダさんと、それに対しサバっとしつつも一番面白がっているサーヤさん、ふたりの掛け合いが抜群に面白い。すでに半分以上は聴いたので、近いうちに追いつきそうだ。

 一日家にいるときは、ふと本を手にすることができるので良い。TVOD『ポストサブカル焼け跡派』を読んだ。書店員のコメカさんと出版社勤務のパンスさんのお二人が、70年代以降のポップミュージシャンについて、対談形式で語っていく。そこでテーマとなるのは、時代のなかで活躍するミュージシャンが、「そこでどのように表現し、いかに振る舞い、そしてそれが社会においてどんな意味を生んだのか」という文化的精神史だ。

 取り上げられる人物は、矢沢永吉沢田研二坂本龍一に始まり、戸川純フリッパーズ・ギター電気グルーヴ椎名林檎星野源と多様にわたる。歌は世につれ、世は歌につれ。読みながら、そんな言葉が頭をよぎった。対談形式というフランクさだからこその思考のうねりがたいへん面白いと感じる反面、もう少し説明が欲しいなという点もあったが、個人的にはずっと考えているカルチャーと社会の関係について改めて思考を広げることができた。そしてこれをきっかけに、大学時代は途中で読むことを頓挫してしまった『ひとびとの精神史』(岩波書店)に再挑戦してみようと考えている。

 夜眠る前に、TVerで配信されている『いつかこの恋を思い出してきっと泣いてしまう』がささやかな楽しみとなっている。本放送を観ることができなかったので、本当にありがたい。2016年のはじめに何をしていたかを思い出そうとするけれど、ぼんやりとしか思い出せない。多分進路のことを考えるのに精一杯だったのだと思う。そのときそれなりに考えて出した結論は間違ってなかったと確信してしているので、無駄ではなかった。無駄な時間などないのだ。