魂のダンス

書く無用人

ふたしかな(2020/5/7(木)〜5/13(水)の雑記)

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 いつのまにかゴールデンウィークも終わり、在宅勤務と外出を控える生活がふたたびはじまる。仕事をしているといつの間にか夕方になり、適当にその日の夕食を食べたあと、のこった作業を行ったり、本を読んだり、テレビや映画やYouTubeを観たりしているうちに真夜中。半ば惰性で布団に入り、気付くと朝。

 

朝がきて 夜がきて また朝が 夜になって
また朝が来て また夜が来て 朝が
坂本慎太郎「きみはそう決めた」)

 坂本慎太郎さんのソロワークスを聴き直す機会が増えている。時折冷房を入れ始めるくらいには暑くなってきた室内を、すこしだけまろやかにしてくれる気がする。Tom  WaitsやWilco、Yo  La Tengoの音楽もいまの気分にあっていて、よく聴いている。
 とはいえ抑揚のない日々は、いわれのない不安が増しに増す。報道を見て、腹立たしさと落胆を覚える。今後について、どうしようもない考え事が頭から離れなくなる。何となく居場所を変えたくなって、引っ越す予定もないのに賃貸サイトで物件を見てしまう。
 身体の活動量は減っている代わりに、精神の活動量がぱちぱちと活発になっているので、日に日に気力が消耗していく。いまはこの状態を無理に解消することもできないので、精神の動きとほどよく向き合っていくしかないのだろうか。

 悶々としているなか、ナナ・クワメ・アジェイ=ブレニヤー『フライデー・ブラック』を読んで、その漲るパワーに圧倒された。人種差別による暴力、格差社会、激化する商戦……現代社会に渦巻く喫緊の問題を、作者はSF的ともいえる想像力を駆使して、12編の短編のなかに描き出している。時にユーモラスで、時にグロテスクな物語の数々は、現代社会を根底からまなざしているからこそ、生み出されたといえるだろう。

 

作家は、権力に対して『真実』を語ることができる。最も弱い立場にいる人々の痛みを声にすることができる。その声をつかって、自分のことだけ考えていればいいと思わせるようなシステムに対抗することができるんだ。
(「ペン・アメリカ」でのインタビューより。藤井光の解説文、P320、駒草出版

 本作の「声」に耳を傾け、想像力を駆使し、身勝手な構造と戦うこと。自分が好んで読む笙野頼子さんや向井豊昭氏の作品や、GEZANの活動などとも共鳴していると感じ、今年刊行された海外文学の中でもお気に入りのものとなりそうだ。パワーを持つ作品を観聴きすると、自分もいてもたってもいられなくなる。優れた作品にはそんな力があると、改めて感じた読書体験となった。

 そして、mei ehara『Ampersands』がものすごくよくて、発売後繰り返し聴いている。レゲエ、R&B、ソウル、ブルースなどの要素を取り入れた演奏に、低体温の声が抜群にマッチしている。長いお付き合いになりそうな作品だ。

 活発となった精神の動きと向き合うしかないのかと書いたものの、もしかすると自分は、終わりは見えずやや切迫感のある仕事からすこし離れて、色々なものを観聴きすることで活力を得たいのだと思う。