魂のダンス

書く無用人

「消光」

 一歩踏み出したとたん、次に身体のどこをうごかせばいいのかわからなくって途方に暮れる。足元に障害物はなにもないはずなのに、身体は動かない。視界の左側からは、月の光と歩道を照らす街灯のあかりが混じり合って、こちらにのびてくる。傍に生えている雑草は、そのあかりをもってしても、なんの植物かはさっぱりわからなかった。

 ものごとをつねに疑う姿勢を大切にしろと言ったのかは誰だったのだろうか。それすらもわからなくなって、わからないことだらけで動けなくなったまま、秋が終わって冬が過ぎ春がきた。

 花が芽吹いている臭いと気温の上昇で、春を実感した。それでもここから動くことはできなかった。

 右側から細身で長髪、白いTシャツの上にグレーのカーディガン、緑のカーゴパンツにボロボロのコンバースオールスターを履いた男が近づいてくる。なにしてんだよ。一言述べた男は右手で路傍の花をちぎり、こちらに渡してくる。

 またしてもわからない。かれが何者なのかを思い出すには時間が経ちすぎてしまったし、かれにどんな一言をかければいいのか、というよりもどうすれば声を出すことができるのか、それすらもわからない。

 周囲の花の香りは勢い増して、すぐに衰え、雨が続く日々がおとずれた。今年の河川はいつにも増して増水している。すこし立つ波は茶色く濁って、そのまますべてを流してしまうようで、恐ろしかった。