魂のダンス

書く無用人

整調(1/6〜1/15の雑記)

 週に一度は銭湯に行って、心身をととのえる。いつものように交互浴を存分に楽しんでいると、どこからか芳ばしいにおいがする。だれかが焼肉かなにかを食べてから銭湯に来たのかしら。火照ってぼんやりする頭は、そんな当たり前のことしか考えることができない。

 ぼやけた脳をしゃきっとさせるために水風呂へ向かう途中、自分の目に入ったのは身体を洗うおじさんと、その横にある「おろしにんにく」と書かれた謎のボトルだった。

 このにおいだったのか、さっきから続く芳ばしいやつは。それにしても何故風呂場に「おろしにんにく」ボトルを持ってきているのだろうか。身体に塗るのか。いや、そんな滋養強壮荒治療をしてしまえば、栄養の供給過多ではないのか。というよりも「おろしにんにく」のにおいの強さに自らの鼻腔は麻痺し、遂には自宅の冷蔵庫の食材が腐ってしまうことにも気がつかなくなる危険性があるぞ、おっさん。それか食すのか。いやいや、銭湯で「おろしにんにく」なんか食すな、家で食え、家で。

 せっけんの香りにまじる「おろしにんにく」のにおいは浴場を漂う。身体は整うものの、どうしようもない考え事をしていたために、頭脳はずぅんとしてしまった。おじさんに「おろしにんにく」の用途を聞くには、勇気がたりない、自分はまだ生まれてくるのがはやかった。

 

 そんな2020年のはじまり、公私の目標のひとつは「心身のケア」なので、今後にんにくの恐怖に怯えながらも、近所の銭湯に通うだろう。私の面では、さっそく色々なものを見聞きして、感覚を整えているのだ。

 

 去年の末、Homecomingsのライブで京都アニメーションに対する思いが語られていたことから、これまで観ていなかった『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』をNetflixでゆっくりと追う。手紙の代筆を行う職業に「自動手記人形」というネーミングがなされていることや、その職業に就くのが女性ばかりということに(19世紀ヨーロッパのような雰囲気、かつ戦後という舞台設定のため仕方がないと思いながら)すこし引っかかりを感じるものの、京都アニメーションでしか成し得ない映像美に引き込まれていく。何と言っても、言葉にできない本当の気持ちを言葉にしていこうとする過程の葛藤が丁寧に描かれていて、とても良いアニメーションだった。回を重ねるごとに、心と言葉の関係は密接になっていき、その摩擦とともにこちらの感情も揺さぶられる。終盤にかけて自分はどんどん涙目になって観ていた。春に公開される映画も絶対に観ようと思う。

 

 ようやく読めた羽海野チカ3月のライオン』の最新15巻の熱量にも感銘を受けた。道を極めていく過程における不安や葛藤、そしてそれらと向き合うパワーを与える周囲の人々への愛情が、登場人物たちの言葉や表情を通して描かれる。桐山が悩みながらも前に進んでいく姿ももちろんだが、今巻は野火止あづさの思弁癖と愚直さが愛おしくてたまらない。作中でもかなり好きな登場人物になった。

 

 ずっと原作を読んでいた大童澄瞳『映像研には手を出すな!』もついにアニメ化。原作における作中現実とアニメーションの世界が融和していくマジックリアリズム的手法がこの作品の醍醐味のひとつだと考えているが、実際にアニメーションになることによって、その魅力が倍増したように感じる。観ていてわくわくが止まらなくなるアニメーションで、それこそ作中でも言及され、自分も幼少期にみた『未来少年コナン』やジブリ作品のようだ。映像研の3人が楽しそうに動いている姿が素晴らしくて、毎週日曜夜の楽しみとなっている。

 

 アニメーションの動きといえば、大橋裕之『音楽』の映画もエネルギーに溢れていて、非常に面白かった。原作のユーモアは映像ならではの間で倍増し、音楽を演奏する衝動はロトスコープの手法で描かれた画と色彩でみごとに表現されていたように思う。坂本慎太郎の虚脱感ある声も研二のキャラクターや作品内容に抜群にマッチしていた。演奏メンバーもスカート澤部さんや小林うてな、オシリペンペンズなど、大好きな方々ばかりで、

作品をさらに好きになる要因になった。

 

 ポン・ジュノ『パラサイト 半地下の家族』も観た。紛う方なき傑作。格差と貧困という大きな問題を、ユーモアを内包しつつ、上下行き来するカメラワークや雨など表象でみごとに描いている。

 それにしても観賞後ずっと考えてしまうのは、作中のキム一家、パク一家、そして家政婦のムングァン、みながより良く生きようとしていた結果、最終的にはだれも救われなかったということだ。もちろんそれぞれに惨虐な一面がある。キム一家はパク一家のシンプルさにつけいる。その一方、パク一家はキム・ギテクの臭いに不快感を抱く。そして大雨で貧困層の人間が困難な状況に陥るなか、自分たちは翌日何事も気にせず息子の誕生日パーティーを計画するような、無意識下の蔑視がある。そしてムングァンが夫を助けようとした場面では、キム一家の秘密を握ったとたん、彼女の態度は一変する。

 なぜ登場人物の思考の筋道が生まれてしまうのだろうかと考えると、全世界でもはや普遍的であるような社会構造の大きな問題に突き当たってしまう。その恐ろしさたるや、観賞後は身体にボディブローをくらったかのようなダメージを受けた。大問題作にして、(もう一度言うが)大傑作。これを観て、日々思考を止めてはいけないと身に染みて感じるようになる。

 

 とは言えやはり人間にはだれかを思いやる力が実存するとつよく感じたのは、『M−1 アナザーストーリー』を観たからだ。映し出されたミルクボーイを支える人々の情の厚さたるや! 内海さんの髪を2年間無償で切り続けた床屋のおっちゃん、駒場さんの決勝での活躍を当人よりも喜ぶ家族の姿。まさに「あつい」ドキュメンタリーで、鑑賞中はめちゃくちゃに泣いてしまった。

 

 最近は、GOMES THE HITMAN『memori』が素晴らしくてずうっと聴いている。成熟したギターポップのきらめきにあふれている。「魔法があれば」が特にお気に入り。

 NegiccoのKaedeさんのソロアルバム『今の私は変わり続けてあの頃の私でいられてる。』も良い。台湾のアーティスト・蘇偉安(EVERFOR)が提供した「微弱的流動」のギターの鳴りにうなる。

 また2019年にリリースされたにもかかわらず、何で聴いていなかったのだと本当に後悔したのが、辻林美穂の『Ombre』。特に「横顔(feat.黒澤鷹輔)」は、魔法がかけられた珠玉のポップスだと思う。

 

 今年の冬はあまり寒くないにもかかわらず、以前よりも朝起きれなくなってきた。夜遅くに帰ってきて、そのままだらだらと過ごすことがものすごく悔しくて、本当にしたい活動に注力しているからなのだろうか。こうして夜が過ぎていく。できれば1秒も無駄にしたくはないものの、たまには何もせず天井をみているだけのような、そんな時間が誰にでも1時間だけ与えられていればいいのにと思う。