魂のダンス

書く無用人

忘れない(10/27〜11/3の雑記)

 やはり一ヶ月に及ぶ期間を一回で振り返ろうとすると、大切なことまでポケットから溢れ落ちてしまう気がする。10月のある日、台風の影響で外はびゅんびゅんと風が吹くなか、家に籠もって『青春舞台2019』の再放送を観ていた。

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総文祭での演劇に青春をかける、高校生たちのドキュメンタリーだ。画面の外枠には、リアルタイムで台風の情報が流れている。しかし、映し出される高校生たちの演劇に向き合う瞬間は、数ヶ月前の出来事だけれども爛々としていた。

 屋久島高校の生徒は、これまでの島の軌跡を、実際にルーツを辿りながら演劇によって表現していく。主演を務めた男子生徒が自分の演技に悩みながらも、真摯に挑戦していく様が素晴らしかった。加えて、サポーターかつナレーターの松本穂香さんも自身が演劇部出身だったこともあり、とても気持ちが入っていて、これもまた良かった。

 グランプリとなった逗子開成高校の「ケチャップ・オブ・ザ・デッド」は、映画研究会に所属する大学生たちが山奥へ映画撮影をしに行くと、そこには一人のゾンビがいて……という筋書きだ。ゾンビが舞台から客席へ呼びかけるなど、笑いを誘う演出のなかにも、暴力/被暴力の構図が取り入れられており、非常に感心しながら観入ってしまった。最後にBillie Eilish「Bad Guy」を流すなんて、ずるいぞ君たち。もう一度高校生活をやり直せるなら、演劇(もしくは映画制作)に挑戦してみたい。

まくむすび 1 (ヤングジャンプコミックス)

まくむすび 1 (ヤングジャンプコミックス)

 

  高校演劇でいうと、ヤングジャンプで連載されている『まくむすび』も面白い。芝居を通じた青春ストーリーでありながら、うってつけの高校演劇入門でもある。継続で読み進めていくことが決定だ。

 

 こんな具合にものすごく心を動かされたのに、うっかり書きそびれてしまったことが多すぎる。ピロウズ横浜アリーナライブにはやっぱり行っておけばよかったと思ったことだったり、お酒を飲んだ後に食べる富士そば「肉骨茶そば」がギルティーなフードで最高だったりといった記憶が、叙々に叙々に薄れていく。 

人生パンク道場 (角川文庫)

人生パンク道場 (角川文庫)

 

 そんなことは寂しいことだなと考えたのは、町田康『人生パンク道場』(角川文庫)を読んだから。市井の人々の悩みに対して、妙にロジカルでありながら、時に寄り添い、時に突き放す町田氏の回答が大変面白くて読み進めていた。そのなかでも特に、文庫版最後に収録されている愛猫を失い悲しみに暮れる人への回答に、大きな感動が生まれた。

 

 忘れることによってやがてあなたの悲しみは癒えます。

 ただし忘れることによって同じ過ちを繰り返します。

 ならばどうすればよいのでしょうか。

 私は以下のように考えます。

 

 どうしたって忘れてしまうのならば、なるべく忘れないように記憶して、なるべく同じ過ちを繰り返さないようにしたらよいのではないか。(P278〜279)

 

人間はいつかは死んでしまうから、生きている間だけでも亡くなったもののことを何度も思い出したいと思う。そしていま生きているものに寂しい思いをさせないことで、亡くなったものの魂は嬉しく思うのではないかと続く文章に、ポロポロ心が滴ってしまった。そんな読書体験をしたから、こつこつと言葉を連ねていこうと思ったのです。

 

 とはいえ平日はなかなかに忙しく、週に一度あるノー残業デーの日には、家でお酒を飲んでいると、あっという間にくたばってしまうくらいに身体的負担がたまっている。研修期間は毎日定時退社だったので、帰りに映画館に寄ることができたりもしたが、最近は土日のどちらかで一本くらいしか観ることができない。

 

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 そんなわけで、ようやっとトッド・フィリップス『ジョーカー』を観た。観ている間、ずっと辛かった。弱者が排斥されるゴッサムシティにおいて、アーサーのなかに憎悪が渦巻いていく姿と、彼が救いのない方向へ進んでいくことが、辛くて辛くてたまらなかった。あんなに悲しいダンスを観たのは、はじめてかもしれない。描かれる狂気と混沌は、言葉にした途端に失われてしまうのでこれ以上は語らないが、とにかく衝撃的な映画だったことは間違いない。ホアキン・フェニックスの演技もとんでもないくらいに素晴らしかった。

 

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 かなりヘビーな体験をしてしまったので、無意識に心のバランスをとろうとしたのか、家でダラダラしているときは、Netflix宮藤官九郎11人もいる!』を観て、安らかな気持ちを得ていた。クドカン流の、家族という枠組みを肯定する美学で大変面白かった。大家族のつながりを基盤にしつつも、まともに働かない父親、一家を支えようとする長男、そして再婚した妻のもとに生まれた末っ子にしか見えない、幽霊となった元妻の交流。そのなかでもクドカン作品らしいトラブルや困難と、それを乗り越えていく過程が丁寧に描かれた秀作だ。各話終盤に流れる星野源「家族なんです」という挿入歌も毎回良い。たくさん笑って、たくさん涙ぐむ体験の素晴らしさは、中学生のころからクドカンに教わったといっても過言ではない。この作品はテレビ朝日系列で地元では放送されていなかった(とんでもない田舎出身なのです)ため、ようやく観ることができ、大変嬉しい。

 


のろしレコード(松井文、折坂悠太、夜久一)- コールドスリープ MV

 そんでもって、のろしレコードの新作アルバム『OOPTH』が、物凄く好みで通勤電車のなかで毎朝聴いていた。折坂悠太、夜久一、松井文の三人によるフォーク・ユニット。現代を流離う歌い手たちが、混じり合って共鳴することによって生まれる叙情が素晴らしくて、何度も聴く。元来田舎育ちだからか、彼らのサウンドはどこか懐かしい気分にさせてくれる。やや眠い朝の電車で、タイムスリップしてしまうような感覚に陥る。けれども一曲目の「コールドスリープ」は、少し先の未来のお話。そのズレもまた良い。そして何より曲が良い。

 


Turnover - "Still In Motion" (Official Music Video)

 帰り道には、ラジオを聴くか、ヴァージニア出身のインディーバンド・Turnoverの新作『Altogether』を聴いていた。

 

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 11月3日のレコードストアデイでは、たまの『さんだる』LPを購入した。待望のLP化で、本当に嬉しい。ストレンジポップとはまさに彼らのことで、キャッチーさと捻くれ感のバランスが最高。大好きなバンドだ。ちなみに好きになったきっかけは、子供の頃に再放送で流れていた『ちびまる子ちゃん』のEDが、彼らの「あっけにとられた時のうた」だったから。


ED4 - あっけにとられた時のうた

 

 同時に購入したアメリカ西海岸で活躍したシンガーソングライター・Tom Jansが1975年にリリースしたアルバム『The Eyes of an Only Child』も購入。ジャケットに惹かれたのだが、中身も最高にクールで大満足。


Tom Jans - Lonely Brother

 

 そんなある日、久々に会った後輩と飲み歩いていたときのこと。突然雨が土砂降りになり、こりゃあどうやって帰ろうもんかなと頭を悩ませていたところ、入った韓国料理屋さんのママが、うちにたくさんあるからと言って傘を貸してくれた。BIG LOVE。助け合いとはまさにこのこと。美味しい料理と美味しいお酒とママの優しさに、お腹と心がいっぱいになる。

 ほくほくした感情で家に帰り、傘を閉じると異変に気づく。ビニール傘の表面になんか書いてある……もう一度広げると、そこにはでかでかと「兄弟」と書かれてあった。

 うっわー。怖っー。ビニール傘に文字を書く行為もそうだが、「兄弟」っていう言葉のチョイスは謎が謎を呼び、怖っー。ついつい自分はこんな想像をしてしまった。

 そのお店に泥酔の客がやってくる。やや小太りで40歳前後の男性。中小企業の管理職で、大きな仕事を終えたあと、つい気が緩んでしまい、熱燗をしこたま飲み、例のお店にたどり着く。そこで美味しい料理と美味しいお酒をいただくものの、アルコールの作用により、味覚は正常に働いていない。けれども、何となく美味しいことはわかるから、気はますます大きくなる。マッコリ3杯とチヂミを頂いたのち、瞬時に理性が戻り、そろそろ帰らないと嫁に怒られてしまう。これはまずい。しかし、ふと外を見ると小雨が降っている。どうしたものかと困っていると、ママ登場。傘を貸してあげますよとママの鶴の一声。あまりの優しさに、男性は歓喜。本当にありがとう。今日から私たちは兄妹だ!と叫ぶものの、酔っ払っているため「兄弟」と書いてしまう。そして店の外に出た途端、傘を貸してもらったことも忘れて、帰路についたのでした。

 何を考えているんだと、ふと我に帰った自分は、また機会があればお店に行こうと、Googleで詳細を調べた。何とただお店の名前が「兄弟」だっただけでしたとさ。美味しいチヂミ食べて、そして傘返すためにも、またあのお店に行こう。