魂のダンス

音楽・本・服とかいろいろ

20160908

  いろいろと重大イベントがひと段落したので、戯言を書き連ねていこうと思う。

 

  ○ぼくは(公共の場で)勉強ができない

  今年の冬のおわりあたりから、諸事情により、これまで以上に勉強をしなければならない状況となった。一人暮らしを始めてからは、家はくつろぎ心を穏やかにするものという心情を、どういうわけか抱くようになったため、図書館や研究室などを利用して、勉強を進めていた…はずだった…

 

  先日あったとある試験では、あまりの自分のできなさに、直帰後即ふて寝、暴飲暴食を続け、現実から逃れることで、心の負担を軽減させていた。でも、このままじゃダメだって考えた時に、反省として挙げられたのが、勉強内容があまり頭に入っていない、その理由は慣れないにも関わらず、公共施設で勉強したことだと確信した。…理由はこれしかない…きっと…絶対に…そうだよ…(無理やりにでも言い聞かせる)

 

  まず図書館で勉強することについて。図書館は情報センターとしての役割だけでなく、多くの人々が自主学習を行う場所なのは、周知の事実であろう。前述したように「家はくつろぐもの」というこだわりから、僕も図書館で勉強やってやらぁと思い、行動をおこしたものの、これがびっくりするくらい集中できない。

  そこでは多くの人が勉強、睡眠、SNSのやり取り、妄想など多種多様かつ好き勝手過ごしているわけだが、それらが気になって仕方がない。例えば、たまたま前の席に座ってきた男子学生は、席に座ったかと思うと、スマホを離さない。まるで初めて触れるおもちゃを手放さないサルのように。やっとスマホを手放したこと思うと、机に頭突き、そのまま眠りの世界へ旅立っていかれたのである。ここまでの経過時間がだいたい30分くらいで、その間僕は目の前のどこのかしこかわからない奴の観察にふけってしまったのである。ほんとダメ。とか思ってたら、かわいい子が横を通り過ぎていったため、意識が完全にかわいい子に向いてしまい、てんでダメ。結局勉強に集中できずに、場を離れることがほとんどだった。ていうかそれが嫌で大学受験の時はほとんど図書館で勉強をすることを避けていたことを思い出した。まじでダメ。

 

  そしてもうひとつ大学という機関において、学生が自由に使える空間が研究室である。ここでの勉強は、図書館などに比べると顔見知ったもの同士のため、リラックスしながら行えるのだが、そうはいってもやはりそこに人間がいるのは変わりない。元来人と話すのが好きな僕は、ふとした瞬間に会話が始まるとすーぐに盛り上がってしまう。友人もそのタイプが多いらしく(ほんとにみんないいやつ…泣けてくる…)、楽しいことは楽しいのだが、いかんせんそっちに重きが置かれてしまう。

 

  そんな感じで、先日のある試験はあまりいい結果を残すことができずに、無残な結末。また別の試験が迫る中、このままじゃダメだと思い、僕は定義を覆すことにした。「家は勉強する場所だ!」

  適度に音楽をかけながら、おなかがすけば食べ、眠くなればベッドに横になり、おならがしたくなれば何も気にせずすることができる家は、やっぱり素敵な場所ですねぇ。

そういえば大学受験のころも、勉強場所はもっぱら家だったことを、思い出した。思い出すのが遅いよ、オレ。

 

  とりあえず今日で試験関係はひと段落。一番手ごたえはあるのだけど、面接で「目の前がまっくらになってしまった」状態、通称手持ちポケモンゼロみたいな状況に陥ってしまったことが、悔やまれる。これで落ちてたら、100%面接のせいだな…そのときは自分探しの旅に出ることにします…(棒読み)いや、でもきっと大丈夫なはず!!!!!