魂のダンス

書く無用人

触れたい触れられたい その2

〇5/13〜5/19

「少しお酒が入った状態で書店に行くと面白い」みたいなネットの記事を目にして、「いや、お酒入った状態で文字を追っても内容は頭に入ってこないし、黙々と本を眺めるお客さんの迷惑になるでしょうが」と真っ当な感想を抱いたのがちょっと前の出来事だったはずだが、友人と軽く飲んだ後、他の友人と合流するための待ち合わせ場所となったのが書店だったため、半分毛嫌いしていたのにやってしまいました、ほろ酔い書店。

  自分はアルコールが入った状態だと文字を追えなくなるタイプのため、自然と普段はふらっとしか目にしないデザインとか写真とかのコーナーをまじまじと観察することになる。平素とは異なった楽しみ方ができてこれもこれで乙なものですなとついこの間までの認識がクルッと反転してしまうところが自分の好きじゃないところではあるが、少しでも楽しみは感じてしまったので仕方がない。

  そして買ったのは宇垣美里アナのフォトエッセイ集『風をたべる』、写真も素敵なのだが、エッセイ部分での宇垣さんの日常生活における姿勢が斬れ味抜群で面白い。日曜朝、時間があると「サンジャポ」を流し見してたし、総裁の「アトロク」は聞いているし、『プレイボーイ』の連載もちょこちょこ読んでおり……と、そういえば自分は宇垣アナの一ファンであったことを再認識しつつも、興味深く読み進めることのできる本。初っ端から社会を生きぬくために宇垣アナが重要としている信念が、らしさ全開で最高。

  アナウンサー関係だと、最近テレビ朝日弘中綾香アナもHanakoのウェブサイトにおいてエッセイ連載が始まり、こちらもおもしろかった。自らが見られる像には望むものも望まないものも様々あるが、いかにそれらと折り合いをつけながら「自分らしさ」を出していくのかを試行錯誤しているところが、このふたりの尊敬するところ。あとは理不尽な社会に歯向かおうとしているところ。現代は生きててムカつくことばかりで「毎日楽しぃ〜」とか言っているやつらは本当に信じられないのだが、このふたりはそうならない「闘う人」なのだろう。

 

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触れたい触れられたい

   毎週末のように会って朝まで飲み明かしている友人たちは、大学時代からの付き合いであり、盆地の片田舎から帝都に繰り出してきた同志でもある。自分も含め新卒で働いているものは現在絶賛研修中であり、このことを仲間内でチュートリアルだとか修行だとか言い換えて茶化しているのだけれども、自分は5月から始まった研修になかなか馴染めないでいる。

  こちらにきてからは自分の興味のあるものを見聞ききたりすることが自由に行えているので、何とか心のバランスを保っているのが現状である。というわけで、書くことでもバランスを維持していきたい、以下ざっと振り返り。

 

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幸せになりたいっすね

  色々あって大変な憤りと己の不甲斐なさ、そして遣る瀬無さを感じた4月の後半ではあったが、やはり重要なことはTry & Error、あれこれ思索を繰り返していったことで、大きなトラブルなくGWに突入することができた。とは言っても、人間うまくいったと思い込んでしまったがために、蓋を開ければさっぱりだったという場合もありえる、過去を顧みて絶えず試行錯誤を繰り返していかなければならない。自己破壊と自己再生を繰り返していくアティテュードを持ち、自分がダサいと思う人間にはなりたくない、ジジイになっても様々な人間に大きな影響を受け続け、そして敬えるようにしていきたい。穏やかで、Flexibleで、かっちょいいジジイになってやるのだ。

 

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筋肉痛と柔軟性

  筋トレを再開した。本格的に運動に励んでいたときは筋トレが嫌で嫌でしょうがなかったのだが、いまは汗を流すことに快楽を覚える。かつてのメニューはベンチプレス、スクワット、デッドリフト……やっている最中はなかやまきんに君よろしく、「あーっ!」と叫びながら取り組むことで苦痛を可能な限り軽減させようとしていたが、筋肉痛によって行っていたバスケットボールのパフォーマンスに多大な影響が及んでしまい、落ち込んでしまうことがあった。

  「今日調子悪いね」チームメイトが言う。いや、全然体調も悪くないし、いつも通りのはずなのだが。どうやら前日の筋トレのお陰で、身体の動きに僅かな違和が生じているようだった。そんなわけで、せっかくやるからには試合にもきちんと出たい、出たときには色々なものを背負っているので役割を十分に果たさなければならないという心持の自分は、可能な限り筋肉痛を最小限に抑えるため、できーる限り筋トレを行わないように逃避し、先輩同期後輩から半笑いされていたのである。

  ところが、本格的な運動を辞めてかれこれ2年が経つのだが、このところ急に運動欲が湧いてくる。ひとまず六畳ワンルームで、己の巨体はまずは簡単なものから取り組もうと腕立て伏せ、上体起こし、スクワットに励む。翌日目が覚めると胸部、腹部、肢部の動きに違和感が生じているが、以前のような不快感はなく、むしろ心地が良い。きっと本業のプレーを行う必要がなく、そこで生じる責任や義務といった感情を気にしなくても良いからなのだろう。

  先日は友人に誘われ、2年ぶりにバスケットボールを行った。経験者も初心者も、皆が教えあいながら和気藹々と運動を楽しみましょうというコンセプトの会合。以前は毎日毎日行っていて、半分飽き飽きしていたし、もうバスケはやり尽くしたと思っていたため、このような長いブランクを生むことになったわけだが、久しぶり行うとこれがまた楽しい。以前のように絶対に負けることができないという競争原理主義がないことが、楽しめている要因のひとつなのだろうか。ただ身体を動かすことの享楽が、いまは自分の内奥にある。

  もう少し本格的にやろうかなと思った自分は東京で暮らす大学時代の部活の同期に「どこかでバスケができるところない?」とラインを送る。二つ返事で行う場所と参加快諾の連絡が返ってくる。また楽しみが増えた。死ぬわけにはいかない。

 

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Sexy Man

  就活中の元バイト先の後輩が、面接のためにうちへ泊まりに来た。自分のもとを訪れてくれたことへの嬉しさ、そして面接へのエネルギーにしてほしいという思いから、夜はふたりで「キッチン男の晩ごはん」へ行った。インパクト抜群のボリュームと濃い目の味付けで、景気づけにはピッタリのパワーフードである。「頭の悪そうなメシですね」だとか、有線で流れるあいみょんを耳にして「最近どこに行ってもあいみょん流れているから、腹たつんですよ」と発する後輩は相変わらずシニカルでクールなのだが(対照的に「人気だからねぇ。聴いてみると良い曲多いよ」と返す半端者は自分である)、やはり今後の生活がかかる就職活動ともなると不安なことも多いらしく、ぺーぺーではあるが一応会社員として暮らすの自分への相談事などを含め、色々と話した。久しぶりとは言ってもバイトの送別会から一ヶ月経ったか経っていないかくらいの時間の幅ではあるが、見知った顔、加えて音楽を中心に話ができる人と会うと、高揚感が生まれてしまい、二人でお店を出たあとからうちで寝るまで最近のレコメンドをお互いに聴かせ合うなどしながら、話続けてしまった。

  会社に向かう途中で後輩と別れ、特にトラブルもなく研修をこなし帰宅したところ、後輩からの吉報が届く。興奮している彼の声を聞いていると、こちらも歓喜の気持ちが生まれるのは何とも不思議なことだ。彼が来年以降こちらへやってくることは確定し、その頃には自分にそれなりの稼ぎもあるはずだから、彼にあいみょんを聴かせながら「キッチン男の晩ごはん」を三人前とビールを五杯ご馳走してあげたい。

 

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