最近美味しいカレー食べてないなあ、8月。

 

  その土地の文化を担ってきた本屋やCDショップが閉店となる報せを耳にすることが多くなってきた昨今。辺境の地で暮らしてきた自分がまだ一度行ったことのない店だが、なんだか寂しくなってくる。そんなお店の閉店を悲しむ言及がiPhoneの画面を流れていくなかで、ふと思う。限界過疎地域で生まれ育った身としては、幅広い文化の提供フィールドとなる「思い入れのある場所」があることそのものが、非常に羨ましいし、憎らしくもなってくのだ、のだ!

  こちとら堅物の父親による保守的教育方針により、中学2年生まで家にインターネットが繋がったパソコンが存在せず、音楽や本といった文化情報を仕入れるためには車で30分以上かけて街へ出る必要があった。街に出る途中に1.5km以上にもなるトンネルがあって、開通数年たたず排気ガスで内部が真っ黒になったという伝説がある代物なのだが、一人暮らしを始めたり、色んな場所にいくうちに気づいた、長すぎるぞ、このトンネル。以前は迂回ルート(85%の確率で車酔いする)を通っていたらしいのだが、そのくらい山を掘らなければ直線的な交通ルートが存在しなかった数十年前が信じられない。しかも街に出たとしても、大資本下におけるいわゆる「有名どころ」とかしか置いてなく、案の定周囲に詳しい大人、同じ趣味を持つ友人など存在しない。周りの同級生は大体アニメやジャンプの漫画見るか、遊戯王しかしてなかった。一応全部見たり、「ドローっ!」なんつって紙遊びに夢中になったりしていたが。

  活躍している同世代のインタビュー等を拝見すると、ほとんど皆が「なぜその年齢の時に、そんな作品までおさえているんだ……」と驚かされる。好きを押し広げたところで圧倒的に追いつくことのできないなにかをひしひしと感じ、劣等の念に苛まれる。しかし最近ではそんな歪んだ根性が愛おしく思えるようになってきた。もしかしたら僕が故郷にそういったお店があることに気づかなかった、知らなかっただけ己の無知なだけかもしれないし、むしろ後追いだからこそ得ることのできるものがあるのではないか。SNSで繋がりのある人たちから知識を得たり、現在暮らしている街にあるよく行くお店で偶然の出会いを楽しんだりすることが、いまの僕にだってできるじゃないか。こういった野暮な感情を糧にしてジジイになってもアンテナを建て続けてやろうじゃあないかあと。僻地で育った捻くれ野郎というアイデンティティを存分に活かしてやろうじゃあないかあと。なんて考えたところで、8月の備忘録に移ります。

  

 

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  海外の音楽にワクワクさせられた月だったなあと思う。Louis Cole、Blood Orange、George Clanton、Mitsukiのアルバムを中心に音楽を聴くことが多かったです。

 


Things - Louis Cole


Blood Orange - Charcoal Baby (Official Video)


George Clanton - Slide


Mitski - Nobody (Official Video)

 

  Louis Cole『Time』は1曲目の「Weird Part Of The Night」から心踊り、その後も惚れ惚れとするような緩急のつけ方と甘い声にやられてしもうた。これでハイパードラマーなんでしょ?くぁー!格好良すぎだろうよ。

  Blood Orange『Negro Swan』は前作よりも好みで、ヘビロテした一枚。揺れるようでいて耽美なサウンドに強く惹かれる。耳が馬鹿なので「Jewelry」の「Cheekborn,your skin,smooth」という歌詞が「ちんぽ〜♪」にしか聴こえません、それが恥であります。

  George Clanton『Slide』は、これまでに世に出てきたエレクトロジャンルを包括しながらも更に前に進みつつ、かつポップスとして成立させていく試みが面白くめっちゃよかった。ジャケットは今年一好みのデザインかもしれない。

  Mitsuki『Be the Cowboy』煌びやかでいて、心地良さを感じさせながらもちょっぴり退廃的な雰囲気も感じさせる至高のオルタナティヴ・アルバム。

 


Moses Sumney - Rank & File


Disclosure - Where You Come From (Extended Mix)


Confidence Man - Better Sit Down Boy

  またシングルでは、Moses Sumneyが壮大かつ圧巻でした。過去作を聴き直したりもして、新作に期待が高まる。

   Disclosueは短いスパンで多くの新曲を発表しましたが、全て最高に踊れるものばかりで、アルバムが待ち遠しい。

   旧譜で言えば、とはいっても今年リリースされたものですが、BIG LOVE RECORDSの仲さんのブログでアルバムが発表されていたことを知ったConfidence Man。こちらの感情を否が応でも爆発させる至高のダンスアルバム。ライブ映像だと美男美女のくっそダサいダンスがこれまた最高にクールで堪らないんですよね。

 


星野源 - アイデア【Music Video】/ Gen Hoshino - IDEA


ミツメ - セダン


Yogee New Waves / CAN YOU FEEL IT (Music Video)

 日本の作品では、星野源「アイデア」は悔しいけれどかなりリピートしてしまった。何に対しての悔しさなのかはさっぱりわからないが、この曲素晴らしいです。2番でSTUTSが参加し、その後の間奏では現行のダンスミュージックの流れを吸収しつつ、三浦大知に振り付けを依頼するなど、もう圧倒的なポップスターだよ。

 ミツメ「セダン」、Yogee New Waves「CAN YOU FEEL IT」は、両者とも良い曲だ……アルバムが期待されます。

 また帰省中は予定までの待ち時間に家でFishmansを聴くことが多かった。ちょうどサブスクが解禁されて、聴けてなかったものを耳にすることができたのもある。何やら海外でも評価が高まっているとか。良い作品はボーダーレスに伝わっていくものだなどとありきたりなことを考えたりもする。ケンドリック・ラマーもNHKのインタビューで、国境・人種等を超えていく音楽(空間)について話していたし。色眼鏡などなく、様々な作品を享受していきたいものだ。

 

ハレルヤ

ハレルヤ

 

 

なくてもよくて絶え間なくひかる (裏少年サンデーコミックス)

なくてもよくて絶え間なくひかる (裏少年サンデーコミックス)

 

 

  文芸作品では保坂和志『ハレルヤ』がとても良かった。愛猫との交流や友人の死といった出来事・記憶、またキャロル・キングジャニス・ジョプリンの歌、谷崎潤一郎細雪』などの表現作品への手触りから、世界が広がり漂っていくような4つの短編。思弁的で哲学的でもある言葉の流れには、唸らされる。

猫には未来はわからないというなら人間にも未来はわかっていない、周期的変化を理解できるという理由で人間に未来の概念があるというなら猫にも人間程度には未来の概念がある、しかしそれはすべて現在のことだ。(「ハレルヤ」より。P.38)

 

表題作「ハレルヤ」ではかぐや姫の月への旅立ちと小津安二郎秋刀魚の味』をきっかけに片目の猫、花ちゃんの死へ語りが駆動し、そして本単行本ラストでは花ちゃんとの出逢いを描いた過去作「生きる歓び」が配置される。その心意気にも感情を動かされる。またあとがきにおいて、言葉の意味の伝達から離れて聴き手の心を揺さぶることのできる歌のように本来小説もあるべきではないか、「小説とは、感触を呼び起こすか、いまここであらたに感触を作り出すかするための形態であると感じている」(あとがきより。P.171)といった保坂氏の小説への考え方にはハッとさせられることばかりです。

  漫画ですと、宮崎夏次系『なくてもよくて絶え間なくひかる』が印象に残っている。複雑な家庭環境により現実から目を背け、心の中の存在「ゴールデンユキコ」が支えとなっている並木くん。しかし同じ学校にいた五卯留伝有木子(ごうるでんゆきこ)と名乗る少女と出会い、現実の輪郭が形づくられていく。と思いきや彼女との出会いや彼に思いを寄せる竹智さんとの交流によって、その現実が摩訶不思議な色となっていくところに、強く惹かれた。特に印象深い場面は、道に迷った有木子に「おどろう。」と声をかける並木くん。「なんで?」と問われると「そういう気持ちだからここで今。」と応える彼の無垢な感情の発露に思わず声を上げてしまった。一緒に道を探すというありきたりなコミュニケーションではなく、ただ君と踊りたいという率直な気持ちに従って声をかけ、そして不恰好なダンスをする彼の姿が愛おしい。ここでの発話はこの答えしかないのだと感じさせてくれる。その後の有木子のアンニュイな表情と誘いを断るところもまた良い。印象的なボーイミールガールの物語でした。

 

  映画は話題の『カメラを止めるな!』を観ました。「この映画は二度始まる。」このキャッチコピーでしか未視聴の他人におススメできない作品で、非常に楽しむことができた。これは映画館の空気で味わうべきものだなとも感じました。ある人が思わず声に出てしまった現象が、観客全員に伝播していくことにカタルシスがある。ちなみに帰省中に観に行ったのですが、夜まで暇な自分と前述で登場し当日たまたま仕事が休みの父親、家に2人でいるのもなんだか気まずいので初の親子映画館デートをかましました。50を越えた父親も楽しんで観覧したようで何より。

 

  またSANABAGUN.のライブにも赴きました。大雨で中止となった振替公演かつキーボード櫻打さん(Suchmosでも活躍する人)がラストとなるワンマンライブで、メンバーも観客もボルテージが高め。バキバキの演奏と高岩さんのソウルフルな歌声、MCリベラルこと岩間さんのライムが三位一体で、身体が揺れる揺れる。反対に適度なおふざけや笑いを誘う場面があり、客席からパンティが投げ込まれる、ステージ上でむさしのお弁当を食べるライブを観たのは初めてでした。レペゼンゆとり教育、生粋のエンターテナーである彼らのライブをまた観たいと切に感じました。

 

  久々に大学のある場所へ遊びにきた友人や、帰省した際の地元の友人といった人々と、現状報告や懐かしい話に花を咲かせることができてよかった月でした。ちなみにですが、断片的にこの内容を書いたのが8月末、その後学業の面で追われ、放置されたままになってました。ブログの文章は一応書けるけど、学業で書くアカデミックな文章は全く書けない。小説を書けないことを書く太宰治道化の華』リスペクトな状態になっているわけですが、ブログでは心惹かれた作品に応えるように文章を書こうとしていたにも関わらず、音楽に関してはちょろっとしか述べることができていないのが何とも締まりが悪い。先に控える学業関係のイベントでも、このような結果にならなければよいのだが。とか言ってるなら勉強せえって感じですけどね。(了)

 

もう蕎麦しか愛せない、7月(しかし学食の冷し蕎麦は、まるでゴム)。

 

 7月の初めはというと学業関係でちょっとしたイベントが間近に迫っており、その準備に追われていました。とはいえ準備期間後半は「あっぎゃあ。あっぎゃあ。」と吠え、これ以上無い知恵を働かせても何んにも出てこない自らの空虚さを痛感し、それを感じれば感じるほど半ば諦めの思いがじわじわと強くなる。挙句の果ては、研究室に資料を散らかしたまま帰宅後即不貞寝。

 そんなどうしようもない日々のなか、ボクの住む地域を豪雨が襲いました。準備をしていた学業の予定も中止となり、作っていた資料はお蔵入りになってしまう。とはいえこうした個人の事情などどうでもよく、近隣地域の甚大な被害に何とも言えない思いになりました。幸いなことに居住区周辺は大きな被害はありませんでしたが(バイト先の通勤ルートが一時的に水没して迂回することになったぐらいか)、少し離れた場所では人命に関わる被害がありました。広義的な意味合いでは被害を受けた地域の住民でありながら、特に大きな被害を受けていない自分と、すぐそばでは苦しい生活を強いられている人々のギャップにヤキモキしてしまう。テレビや新聞での報道を見ると、余計にそんな思いが強くなる。

 被害の大きい地域にも訪れる機会がありました。家屋内に流れ込む土砂の量もさることながら、その影響で道路がぐしゃぐしゃに地割れを起こしていた。このような被害の形もあるのかとただただ愕然。豪雨とは打って変わって続く酷暑のもと、この地域に住む人々がいわゆる「ふつうの生活」に戻るのはいつになるのだろうか、とナイーヴになってしまう。そして、わずか数十キロメートルの違いで、こんなにも被害が異なるとは……自然災害の過酷さに直面した月でもありました。

 とはいえ徐々に交通・物流等も回復してきており、少しは落ち着きを見せつつあります。まだまだ被害の跡は十分に復活してはいませんが、いびつで複雑な感情も、7月に出会った音楽や文芸、漫画などに大きな力を貰うことができ、やわらかになりつつある。って感じです。では、備忘録的な整理をば。

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耳鳴りが止まらないや、6月。

 

 

  就職活動と学業に奔走する6月でした。時折首も回らないような大変な状況が続き、深夜の研究室で「おれが!おれが、東京タワーだいっ」と叫びながら三点倒立、そのまま崩壊といった破滅的行動などをしたくもなりましたが、そんな時はエレファントカシマシ「Easy Go」を聴いて、即座に我に返り、自分自身を奮い立たせる。「転んだらそのままで胸を張れ」「疲れたらそのまま寝ちまえばいい」と歌うミヤジさんに嗚咽し、そして前を我武者羅に進んで行く勇気を感じながら、Go  Goしているうち、あっという間に一ヶ月が終わってしまった。きっとしばらくはこんな感じで、日々を過ごしていくのだろう。先は不透明だけど、靄を払うために手足と頭を回転させて、いやになったり、疲れたりしたら堂々とぶっ倒れようじゃないか。ということで、ボクが見たもの・聴いたもの等をざっくりとまとめていきます。

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エレファントカシマシ「RESTART」を聴いていたら、ブログを再開したくなった。

 

  毎月観たもの・聴いたもの・読んだもの等を記録していくブログを書いていたのですが、今年の1月分から更新していません。なにかと忙しくて、ものを書くことにエネルギーを費やせませんでした。「なにかと」と言葉を濁しましたが、あれです。就活とコンスタントにせねばならない発表によります。

 

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大童澄瞳『映像研には手を出すな!』

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  何かを始めようとするとき。それは自分の好きなものだろうとそうでなかろうと、大きな決意が必要となる。

 

  例えば、スポーツ。テレビから流れる野球選手が活躍する姿を見て、「わあ、かっこいいなあ。自分もあんな風にフルスイングしてえなあ」と感じる。では野球を始めようとするならば、道具はもちろん必要だが、それを行うためのコミュニティへと飛び込まなければならない。だって、ひとりで素振りをしているだけじゃあ、風を切る音しか生み出せない。

 

  この飛び込むための一歩というのは、踏み出したくてもなかなか踏み出せないと思う。もしも「はなっからセンスがないとか言われたらどうしよう。周囲の人とうまく関係を築けなかったらどうしよう」などと、様々な不安や心配が込み上げてきて、結局始められないなんてこともザラにあるでしょう。つらい。自分は幼少期、そんなことから遠方にある野球チームに参加することができなかったんですけども。始めることには、障壁がつきものだ。なんて。

 

  そして、始めたことに関して、共に夢中になれる仲間というのも大切だ。ただの仲良しこよしでも、足の引っ張り合いでもない、そんな関係。みんなきっとそんな関係を望んでいるだろうが、そうはいかないから苦労する。思い当たる節は多々あり、気分が沈んでしまうのであるが、つまり何が言いたいかというと、何かを始めるときには大きな勇気、そして、人間と人間の結びつきほど鍵となる。結局この世の中なんて一人で生きることなど不可能なのだから。

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