「オラオラぁ、あざっした!」(CV:金属バットの友保さん)な2019年1月。

 

  眠っている間も意識が現実に接続していて、常に思考をめぐらせている日々だった。これまでの学びの集大成を仕上げてやろうと鼻息を荒く胸を張っていた二年前の自分はどこへ消えたのか。「うっうっうっ(涙)」机に張り付いてはいるものの、言葉は出てこない。思考の圧は身体にかかる重力を強め、猫背は治らなくなってしまった。インフルエンザ予防に効くと聞いて、紅茶を何度も薄めて飲む(金が無いんや、節約節約)。ストレートティーの濃い色が、白湯を足すごとに薄くなっていく1日のマグカップのなかの変化は、己のハリキリの薄まりとよく似ている。

 

  それでも足場から落ちるわけにゃいかん。ギリギリのところで踏ん張って、何とか学生最後の課題を提出し終えた。題材と意欲は努力賞、肝心の中身は残念賞。現在の自分の力量は、文字の印刷された紙にしか反映されないのだ。町田康の『告白』という小説で、主人公の城戸熊太郎が本当は弱い存在なのに、「直線的な力の行使」に対抗する「義」のために、ハッタリの技を駆使して内実の伴わない強さを獲得していくエピソードがあったと記憶しているが、自分の論文は字数と紙の量だけが強みで、書かれている内容はハッタリそのものなのではないかと考えてしまう。「うっうっうっ(涙)」

 

  だから、なにか、こう、悔しいのだ。そして、このままでは終わることができない。くるしくても、まだまだこの試みを続けていきたいという気持ちが、自分のなかに少しは見つかる。来年度からは知識をインプットする時間がかなり減ってしまうことが予期されるが、学び続け、思考を止めないように日々を過ごしていかなければならないのだ。脳を踊らせ続けよう。血肉が通った言葉を発していこう。

 


Toro y Moi - "Freelance" (Official Music Video)

 

  通学の際が一番憂鬱で、大好きな音楽も右から左へ受け流れてしまうのがまたこれ辛く、こちらのインプットはてんで駄目だったのだが、Toro Y Moi『Outer Peace』は心の底にある隠れてしまった気分を押し上げてくれる絶妙のファンクサウンドだった。勝手なイメージではあるが、おおらかに広かれた場所っていうよりも、狭い自室で聴くほうが良い。一聴すると冒頭3曲の跳ねるビートに身体が揺れるが、全体を通して緻密かつ内省的なサウンドプロダクションが前述の感想の要因ではあるのだろう。また「Laws of the Universe」という曲の歌詞に「James Murphy is spinining at my house/I met him at Coachella」とあるように、自室から解き放たれる想像力のようなものがアルバム全体を通して、行き渡ってると感じた(なんかこの文章、エセ評論家みたいでイヤだな)。今月のベストアルバムはこちらで間違いない。

 

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  カネコアヤノの新曲7インチ「明け方/布と皮膚」を無事に手に入れることができたことも、心の支えになった。これまでのカネコアヤノ(バンドセット)のエッセンスを突き詰めたような暖かなサウンドと、決意表明ともとれる歌詞が聞き手の生活を彩る「明け方」。ついにトロンボーンとフルートを導入、絶対合うに決まっているでしょ、カレーとトンカツみたいなものだよ、「布と皮膚」。インターネット上には公開されてない2曲ではあるが、昨年リリースの『祝祭』が大好きなひとたちには堪らないでしょう。今年も期待大のシンガーである。

 


Vampire Weekend - Harmony Hall (Official Audio)

 

  そして待ってました、Vampire Weekendの新曲リリース。海外の音楽を聴き始めたのは、ませにませてイキリ散らかしてた中学生のころだったと思うので、かれこれ10年は経つのだが、米国のアーティストならばずっと好きが続いているのが彼らだ(ちなみに英国だとThe xx)。公開された2曲ともに素晴らしいという言葉以外見つからず、アルバムのリリースが楽しみで楽しみでしようがない。

 


Have a Nice Day!(ハバナイ!) - わたしを離さないで【 MV Edit Version 】

 

  某音楽番組で2018年のベストソングが発表されていたが、そこで「あっ、新曲出してたんだ」と気づいたのがHave a Nice Day!「わたしを離さないで」。多幸感と切なさが同居しているとはまさにこのこと。この曲でライブでは観客がみんな踊り狂うんでしょ⁇最高に素敵じゃないか。MVの横田真悠さんも可愛い。

  あとは今月きちんと向かい合えていなかった作品がたくさんあるので、肌寒さが残るを苦悩を脱した2月のリセットした心で迎え入れたいと思う。

 


GEZAN-BODY ODD feat.鎮座DOPENESS.syucream.Taigen.LOSS .蛯名 啓太.OMSB-live渋谷CLUB QUATTRO(2019.1.24)

 

  とはいえ思い返せば、地元に帰省して旧友たちとの会話を弾ませたり、挑戦へ向かう塾の生徒を応援したり、作品が好きで追いかけ続けていた作家さんが芥川賞を受賞したことを喜んだりと、細やかな記憶はたくさんある。何かひとつのことに打ち込んでいたように思いがちだが、様々な出来事で埋め尽くされた1月だった。忘れたくないものはたくさんあるし、忘れてはならないこともたくさんある。色々とひと段落したので、ふたたび手帳を有効活用していこう。GEZANの姿を見聞きすると、そんなことを感じるようになってくる。

 

 「オラオラぁ、あざっした!」金属バットのお漫才で友保さんが発する台詞を、声を大にして叫びたい。

  最後は今年早々に覚えることのできて1番嬉しかった言葉を張って締める。(了)

 

 

2018年 ベストアルバム30

 

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 月1更新のブログをサボっていました、たあいちです。

 本年良かったなと思ったアルバムを30枚選出しました。50枚にしようかと思ったけど、多すぎても見づらいし自分のなかでもごちゃごちゃしちゃうしで、30枚にシェイプアップ。下の方に選出しようと思った作品をメモ代わりに載せておきます。

 基準としては、特に心惹かれ、かつ再生回数が多く、来年以降も聴き続けるだろうと思われる作品が上位にランクイン。とはいえ順位はあくまで自分のなかの整理に過ぎず、挙げてあるものに対しては全て好感触です。ちなみにトップの画像は岡山で行われた「stars on 18」の帰り道、森の中に吊るされ光が照らされたミラーボール。同じ趣向を持ち野外フェスティバルへ赴いた参加者が、「おー」とか、「すげー」とか、「きれー」とか言っていた声、そしてこれを見つめていた光景から生まれる祭りの後の高揚感や寂しさを、ミラーボールは全て照らしているかのようだった。祭りは終わっても、それは輝き続けているのだろうか。

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今月の情報量は少ないっす、9月。

 

  先月の記事終盤にも書いたのだが、9月中盤まで学業関係の執筆に追われる日々。ひとまず大きな問題や失敗もなく無事に終了してよかった。以前本当にあったことだが、それまで指導教員のリアクションもよく、かつ次はこういう風な観点からも考えたらいいんじゃない?、こういったものも読んだほうがいいんじゃない?と助言を頂き、それを踏まえながら進めていたにもかかわらず、いざ大きな発表をする直前に、なぜこんなことをやっているのかと星一徹も驚きのちゃぶ台返しを被ったことがある。さっぱり意味がわからなかったし、あたまがまっしろになったのだが、今回はトラウマ事案が起こらなくてホッとしている。しかし、現状何とかなっているのは、自分のなかのなにクソ根性なのかもしれない。過去を振り返ると、理不尽な事象に出くわしたときの、ハーーーーー意味わかんねぇよクソがーーーーー絶対に見返してやるーーーーー!のきもちが原動力となってここまで生きてきた。そのため、自分のなかのこうしたきもちを大切にしていきたいものだなんて考えた9月。

 

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最近美味しいカレー食べてないなあ、8月。

 

  その土地の文化を担ってきた本屋やCDショップが閉店となる報せを耳にすることが多くなってきた昨今。辺境の地で暮らしてきた自分がまだ一度行ったことのない店だが、なんだか寂しくなってくる。そんなお店の閉店を悲しむ言及がiPhoneの画面を流れていくなかで、ふと思う。限界過疎地域で生まれ育った身としては、幅広い文化の提供フィールドとなる「思い入れのある場所」があることそのものが、非常に羨ましいし、憎らしくもなってくのだ、のだ!

  こちとら堅物の父親による保守的教育方針により、中学2年生まで家にインターネットが繋がったパソコンが存在せず、音楽や本といった文化情報を仕入れるためには車で30分以上かけて街へ出る必要があった。街に出る途中に1.5km以上にもなるトンネルがあって、開通数年たたず排気ガスで内部が真っ黒になったという伝説がある代物なのだが、一人暮らしを始めたり、色んな場所にいくうちに気づいた、長すぎるぞ、このトンネル。以前は迂回ルート(85%の確率で車酔いする)を通っていたらしいのだが、そのくらい山を掘らなければ直線的な交通ルートが存在しなかった数十年前が信じられない。しかも街に出たとしても、大資本下におけるいわゆる「有名どころ」とかしか置いてなく、案の定周囲に詳しい大人、同じ趣味を持つ友人など存在しない。周りの同級生は大体アニメやジャンプの漫画見るか、遊戯王しかしてなかった。一応全部見たり、「ドローっ!」なんつって紙遊びに夢中になったりしていたが。

  活躍している同世代のインタビュー等を拝見すると、ほとんど皆が「なぜその年齢の時に、そんな作品までおさえているんだ……」と驚かされる。好きを押し広げたところで圧倒的に追いつくことのできないなにかをひしひしと感じ、劣等の念に苛まれる。しかし最近ではそんな歪んだ根性が愛おしく思えるようになってきた。もしかしたら僕が故郷にそういったお店があることに気づかなかった、知らなかっただけ己の無知なだけかもしれないし、むしろ後追いだからこそ得ることのできるものがあるのではないか。SNSで繋がりのある人たちから知識を得たり、現在暮らしている街にあるよく行くお店で偶然の出会いを楽しんだりすることが、いまの僕にだってできるじゃないか。こういった野暮な感情を糧にしてジジイになってもアンテナを建て続けてやろうじゃあないかあと。僻地で育った捻くれ野郎というアイデンティティを存分に活かしてやろうじゃあないかあと。なんて考えたところで、8月の備忘録に移ります。

  

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もう蕎麦しか愛せない、7月(しかし学食の冷し蕎麦は、まるでゴム)。

 

 7月の初めはというと学業関係でちょっとしたイベントが間近に迫っており、その準備に追われていました。とはいえ準備期間後半は「あっぎゃあ。あっぎゃあ。」と吠え、これ以上無い知恵を働かせても何んにも出てこない自らの空虚さを痛感し、それを感じれば感じるほど半ば諦めの思いがじわじわと強くなる。挙句の果ては、研究室に資料を散らかしたまま帰宅後即不貞寝。

 そんなどうしようもない日々のなか、ボクの住む地域を豪雨が襲いました。準備をしていた学業の予定も中止となり、作っていた資料はお蔵入りになってしまう。とはいえこうした個人の事情などどうでもよく、近隣地域の甚大な被害に何とも言えない思いになりました。幸いなことに居住区周辺は大きな被害はありませんでしたが(バイト先の通勤ルートが一時的に水没して迂回することになったぐらいか)、少し離れた場所では人命に関わる被害がありました。広義的な意味合いでは被害を受けた地域の住民でありながら、特に大きな被害を受けていない自分と、すぐそばでは苦しい生活を強いられている人々のギャップにヤキモキしてしまう。テレビや新聞での報道を見ると、余計にそんな思いが強くなる。

 被害の大きい地域にも訪れる機会がありました。家屋内に流れ込む土砂の量もさることながら、その影響で道路がぐしゃぐしゃに地割れを起こしていた。このような被害の形もあるのかとただただ愕然。豪雨とは打って変わって続く酷暑のもと、この地域に住む人々がいわゆる「ふつうの生活」に戻るのはいつになるのだろうか、とナイーヴになってしまう。そして、わずか数十キロメートルの違いで、こんなにも被害が異なるとは……自然災害の過酷さに直面した月でもありました。

 とはいえ徐々に交通・物流等も回復してきており、少しは落ち着きを見せつつあります。まだまだ被害の跡は十分に復活してはいませんが、いびつで複雑な感情も、7月に出会った音楽や文芸、漫画などに大きな力を貰うことができ、やわらかになりつつある。って感じです。では、備忘録的な整理をば。

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