筋肉痛と柔軟性

  筋トレを再開した。本格的に運動に励んでいたときは筋トレが嫌で嫌でしょうがなかったのだが、いまは汗を流すことに快楽を覚える。かつてのメニューはベンチプレス、スクワット、デッドリフト……やっている最中はなかやまきんに君よろしく、「あーっ!」と叫びながら取り組むことで苦痛を可能な限り軽減させようとしていたが、筋肉痛によって行っていたバスケットボールのパフォーマンスに多大な影響が及んでしまい、落ち込んでしまうことがあった。

  「今日調子悪いね」チームメイトが言う。いや、全然体調も悪くないし、いつも通りのはずなのだが。どうやら前日の筋トレのお陰で、身体の動きに僅かな違和が生じているようだった。そんなわけで、せっかくやるからには試合にもきちんと出たい、出たときには色々なものを背負っているので役割を十分に果たさなければならないという心持の自分は、可能な限り筋肉痛を最小限に抑えるため、できーる限り筋トレを行わないように逃避し、先輩同期後輩から半笑いされていたのである。

  ところが、本格的な運動を辞めてかれこれ2年が経つのだが、このところ急に運動欲が湧いてくる。ひとまず六畳ワンルームで、己の巨体はまずは簡単なものから取り組もうと腕立て伏せ、上体起こし、スクワットに励む。翌日目が覚めると胸部、腹部、肢部の動きに違和感が生じているが、以前のような不快感はなく、むしろ心地が良い。きっと本業のプレーを行う必要がなく、そこで生じる責任や義務といった感情を気にしなくても良いからなのだろう。

  先日は友人に誘われ、2年ぶりにバスケットボールを行った。経験者も初心者も、皆が教えあいながら和気藹々と運動を楽しみましょうというコンセプトの会合。以前は毎日毎日行っていて、半分飽き飽きしていたし、もうバスケはやり尽くしたと思っていたため、このような長いブランクを生むことになったわけだが、久しぶり行うとこれがまた楽しい。以前のように絶対に負けることができないという競争原理主義がないことが、楽しめている要因のひとつなのだろうか。ただ身体を動かすことの享楽が、いまは自分の内奥にある。

  もう少し本格的にやろうかなと思った自分は東京で暮らす大学時代の部活の同期に「どこかでバスケができるところない?」とラインを送る。二つ返事で行う場所と参加快諾の連絡が返ってくる。また楽しみが増えた。死ぬわけにはいかない。

 


カネコアヤノ - 愛のままを

 

  そんな日々のなか、相変わらず音楽は自分の生活に力を与えるエネルギー源であり、最近のリリースだとカネコアヤノのニューシングル「愛のままを/セゾン」が素晴らしくて毎朝聴いている。日常のなかで眼に映る風景、また日々の感情の動きを丁寧に、そして力強く歌うカネコさんの声。それにパワフルさと繊細さを兼ね備えたバンドメンバーの演奏が色をつけていく。

 

みんなには恥ずかしくて言えはしないけど

お守りみたいな言葉があって

できるだけわかりやすく返すね

胸の奥の燃える思いを

 

(中略)

 

美味しいものを食べな  できる限り遊びな  恋をしな

結いた髪の毛が乱れるまでいけ

(「愛のままを」より)

 

  カネコさんの歌全体を象徴しているような宣言が、サビで高らかに歌われる。個々の内にある熱を帯びた大事な言葉を、交流しながら分け与えるような贈与と扶助の精神が尊い。後半における己へ、そして聴き手へ訴えかけるようなおまじないの言葉は、「結いた髪の毛」という描写へと転換され、全速力で駆け抜けていくひとりの人間の姿が目に浮かぶ優れたフレーズだ。「セゾン」もどこか懐かしみのあるサウンドと、「4月も終わる」というフレーズが印象的でこちらも良い。

  タワーレコード新宿店で行われたインストアライブにも行ってきた。多くの支持を得ているのが窺える、フロアに収まりきらないほどのたくさんの聴衆。カネコアヤノバンドは、ライブになるとリミッターを解除して、爆発していくようなカタルシスが魅力的だ。嬉しかったのはやっと「カウボーイ」をライブで聴けたこと。終わったときにカネコさんが「あざっしたぁ。あばよ!」と口にして退場したのだが、「あばよ!」と口にする人を柳沢慎吾以外に初めて観たので笑ってしまった。素晴らしいライブだったので、自分にもチケット運がおりてこないかしら(ここのところ外れてばかり)。

  一緒に観に行った後輩とはカネコさんのライブの感想や近況報告会も兼ねて、中華料理を食した。「ダサい人間にはなりたくないなぁ」と二人揃って口にする。「とがってる  かなりね  わかるだろ」の状況になるまで、そしてなってからもそれを維持していくために、心の奥底の言葉にならない思いをずっと抱きしめていきたい。

 

  また同じ会社にいる大学時代の先輩兼HIP HOPアドバイザーの方と、久しぶりの再会を果たしたことも嬉しい出来事。様々な話題に尽きない夜だったが、音楽関係でいうと彼からおススメしてもらった90年代LAベースのJurassic 5が格好良くてかなり聴いている。その他の新譜だと、Homecomings「Cake」、RIRI、KEIJU、小袋成彬「Summer time」、サンパウロのバンド・O Terno「Volta e Meira」(なんと坂本慎太郎が参加)、Loyle Carner『Not Waving,But Drowning』、Bibio『Ribbons』、Lizzo『Cuz I Love You』など。ラッキーオールドサンやBeyoncéの新作はまだ聴けてないので、早く聴かねばならない。コーチェラの配信で観たWallowsも良い。あと最近はソウル・ミュージックのDigに力を入れようと考えている。これを見た人は、自分にソウルを気軽にご指導ご鞭撻をよろしく願いたい。

 

  また最近は古井由吉の自選短編集を読んでいる。これがまた面白い。自分は内部に潜む思考を言葉にしていくものに強く惹かれるのかもしれない。まだ途中なので感想は後日改めて。

 

  社会人生活もようやっと廿日が過ぎようとしている。先日とあるレイアウト案をプレゼンする研修があって、内容がわかれば発表方法・形態は自由とのことだったため、全くもって画力・構成力の無い自分は何とか意図したことが伝わるようにと、思考の過程を前置きの原稿にして用意し、本題に入る前に喋っていたのだが、BOSSから「そんなことはいいから早く次に移れ」と話しを遮られてしまい、完全にリズムが崩れ発表はズタボロの結果となった。

  当初は自分のプレゼン能力の欠如に反省の念を駆られるのだったが、後々思い返してみると自由にやって良いと言ったにも関わらず、新人の話を最後まで聞いてくれなかったBOSSのことがムカついてしょうがなくなってきた。自由にやっていいといったのならば、最後まで好きにさせて終わったあとに駄目出ししてくれれば、こちらの非がわかり、実直な反省へと進めることができたのに。

  その日がたまたまそうだっただけで、BOSSがそういう人間だと断定するつもりは毛頭ないが、歳を重ねると己の思考が凝り固まってしまい、若衆の話を全く受けつけなくなってしまうという話は、頻繁に耳にする。おそらく自己の姿勢や思考をビルドアップする筋トレと、それらに柔軟性を施すストレッチが十分に行われていないのではなかろうか。筋トレは己の肉体を破壊して、人間の再生能力をフルに活かして肥大化させる。もちろんただ肥大化させるだけでは筋肉が凝り固まってしまうため、ストレッチを行い、筋肉を引き延ばすことでしなやかで強い身体になるのだ。

  この出来事は正直自分の至らなさも露呈してしまうため、忘れてしまいたいのであるが忘れてはならない。記憶にとどめて、逞ましく、柔軟性をもった肉体と思考を得るために、日々精進していきたいのだから。

  さて、そんなことを考えている自分は冒頭でも言及したように、二日おきに六畳ワンルームでの筋トレを継続しながら、加えて日々のコミュニケーションにおいても力強さと柔軟性の上に成り立つ器の大きい人間となるべく、試行錯誤を行っている。まずは一番話す機会の多い同期と交流する際に心がけていこう。帰路の電車内で、「バーでひとり飲む姿がカッコいい女になりたい」「シガーが似合う女になりたい」という同期に対して、「良いねぇ。でも酒とか煙草は身体に害あるし、そういう姿に抵抗がある男性もいるけど、オレは格好良いと思う」みたいな返答を行ったところ、「なんかどっちつかずで癪な返答だなあ」と言われてしまった。強くしなやかで寛大たるはずが、肯定とも否定ともつかない曖昧な立場の捻くれた私になってしまった。またしても反省の日々である。(了)

 

Sexy Man

  就活中の元バイト先の後輩が、面接のためにうちへ泊まりに来た。自分のもとを訪れてくれたことへの嬉しさ、そして面接へのエネルギーにしてほしいという思いから、夜はふたりで「キッチン男の晩ごはん」へ行った。インパクト抜群のボリュームと濃い目の味付けで、景気づけにはピッタリのパワーフードである。「頭の悪そうなメシですね」だとか、有線で流れるあいみょんを耳にして「最近どこに行ってもあいみょん流れているから、腹たつんですよ」と発する後輩は相変わらずシニカルでクールなのだが(対照的に「人気だからねぇ。聴いてみると良い曲多いよ」と返す半端者は自分である)、やはり今後の生活がかかる就職活動ともなると不安なことも多いらしく、ぺーぺーではあるが一応会社員として暮らすの自分への相談事などを含め、色々と話した。久しぶりとは言ってもバイトの送別会から一ヶ月経ったか経っていないかくらいの時間の幅ではあるが、見知った顔、加えて音楽を中心に話ができる人と会うと、高揚感が生まれてしまい、二人でお店を出たあとからうちで寝るまで最近のレコメンドをお互いに聴かせ合うなどしながら、話続けてしまった。

  会社に向かう途中で後輩と別れ、特にトラブルもなく研修をこなし帰宅したところ、後輩からの吉報が届く。興奮している彼の声を聞いていると、こちらも歓喜の気持ちが生まれるのは何とも不思議なことだ。彼が来年以降こちらへやってくることは確定し、その頃には自分にそれなりの稼ぎもあるはずだから、彼にあいみょんを聴かせながら「キッチン男の晩ごはん」を三人前とビールを五杯ご馳走してあげたい。

 


シャムキャッツ - 完熟宣言 / Siamese Cats - Kanjuku Sengen (Official Video)

  ついにLP化されたシャムキャッツ『Virgin Graffiti』を購入することができ、改めて聴くと彼らの新たなマスターピースであることに間違いない一枚だと再認識する。やはり序盤の「逃亡前夜」、「もういいよ」、「完熟宣言」、「She's Gone」の流れは至高である。そしてレコードで聴くと、彼らの歌とサウンドの暖かさや甘酸っぱさが倍増して押し寄せてくるようで、何とも心地良い。もっと体感するためにも、ワンルームで十分に堪能できるより良い音響機器を購入しなければならないため、まだまだ仕事は辞めるわけにはいかない(辞めたいわけではなく、今のところそれなりに楽しめている)。

 


Hei Tanaka / やみよのさくせい【OFFICIAL MUSIC VIDEO】

 

  新作では、音楽はやはり楽しいものでなくちゃと感心させられたのが、Hei Tanakaの『ぼ〜ん』。たとえばお祭りの時、様々な趣向を凝らした屋台が参道にずらっと列挙している。その雑多さは祭日特有の興奮とエネルギーをもたらすのだが、ふと脇道に逸れると神聖な場所特有の奇妙な静けさが同居している。個人的に本作はこうした情景に近い印象を感じた。ラストナンバー「アイムジャクソン」でこの世を去ったものたちへの憧憬と、生まれてくる子どもに対する情が歌われていることも、こうした感触を引き起こした理由のひとつだ。彼がSAKEROCKトクマルシューゴで奏でてきた演奏やソロワーク、それらを通じて脈々と流れ継がれてきたサウンドが六人のアンサンブルによって全編にわたって繰り広げられている。ここ最近よく聴いた一枚であるし、多分これからもずっと聴くだろう。

  ゴリゴリの低音とクールさが同居するBillie Eilish『When We All Fall Asleep,Where Do We Go?』も頻繁に聴いた。他には折坂悠太の新曲や、Weyes Blood『Titanic Rising』を再生することが多かったように感じている。また、ジャケ買いした中古レコードで、Mandrillのファーストもかっこよかった。アーカイブ・ディグではファンクに加え、ソウル、ブルース、AOR等を色々聴いてみたい所存である。

 

迷路のなかで (講談社文芸文庫)

迷路のなかで (講談社文芸文庫)

 

 

書きあぐねている人のための小説入門 (中公文庫)

書きあぐねている人のための小説入門 (中公文庫)

 

 

  通勤の時間や空き時間は、アラン・ロブ=グリエ『迷路のなかで』を読み進めていた。

 

つるつるした冷たい材質の上に、文字が彫り込んであるのだが、小さすぎて、兵士はただの一語も読みとることができない。そのとき彼は、ドアが半開きになっているのに気がつく。ドア、廊下、ドア、玄関の間、ドア。(中略)あかりのともっている部屋。ベッド。洋箪笥。暖炉。引出し机。その左の隅に電気スタンドが置いてあり、笠が天井に白い円を描いている。いや、そうじゃない。洋箪笥の上のほうに、黒い木の額縁にはいった一枚の版画が掛けてある……いや、ちがう。ちがう。ちがう。(平岡篤頼訳、講談社文芸文庫

、P.93)

 

空間の叙述と「ライヘンフェルスの敗戦」と題された絵画、幻覚的なイメージへの言及から広がる、ひとりの敗戦兵の彷徨う姿。断続的に反復される像が積み重なり、題名よろしく、一行一行を読み進めていくたびに、こちらも迷路のなかに引き摺りこまれていくようであるが、言葉を追うごとに不思議と快楽が立ち上がる。この訳の分からなさに言葉を嵌めることなどできない。書かれる言葉を反芻しながら、語りに身を任す他ないのである。ロブ=グリエの映画作品をそういえばきちんと鑑賞したことがなかったなと思ったこと、そして第二次世界大戦後の1950年代から1960年代におけるフランスのヌーヴォー・ロマンの流れについて諸事情により興味を持ったことから、まずは手に取った作品ではあるが、次も彼の小説作品を読み進めてみようと思う。

  また保坂和志の『書きあぐねている人のための小説入門』も読み終えた。自分は保坂作品のファンであり、以前『小説の自由』を読んで大きな感銘を受けたので、今度はこちらも読んでみようという魂胆である。「小説とは本質的に「読む時間」、現在進行形の「読む時間」の中にしかない」という小説観を基に、読むことでその前と自分が生まれ変わる思考の広がりがあり、また運動性を持った言葉を書くことで日常に使われているそれらに新たな力を与える試みであるといった氏の考えには頷くところが多い。

 

  小説は、ふだん使っている言葉の中に違った意味やリズムを見つけ出すことで成り立っている。そして、そうやって小説のなかで使われた言葉は、もう一度ふだんの言葉に力を与えることができる。小説に限らず芸術表現というものは、通常の言葉や認識を出発点としつつも、そこに別の様相を見つけ出していく行為なのだ。(P.199)

 

この引用部分からわかるように、氏の思考は芸術表現全般へとも広がる。これを読んで、もちろん普段読んでいる小説だけでなく、映画や音楽に関する受容の仕方にも今一度考えを巡らすきっかけになった。別に小説を書こうとは思っていなくても、己の考えをさらに拡張していくには良い読書体験となる本書はおススメである。

 

  会社の飲み会などで、変に気を使うイベントも多かったことから、金銭的余裕はそこまでないにも関わらず、ここは一丁リフレッシュと、土曜日にはOGRE YOU ASSHOLE企画「DELAY 2019」、ゲストはニュージーランド出身のシンガー・Connan Mockasinを観るため、代官山UNITへ足を運んだ。

  ミツメの川辺さんのイカしたDJをShazamしているうちに、トップバッターのConnan Mockasinが登場。昨年リリースされたアルバム『Jassbusters』は高校教師と生徒の恋愛をテーマにした何とも変態チックなもので最高なわけだが、ステージ上での彼は垣間見せる狂気性に加え、裏声を駆使した歌声は生で聴くとより美しく、振る舞いはなんともチャーミングであった。穏やかに揺蕩うリズムとメロディーにずっと身を寄せていたい。「Sexy Man」や「I'm the Man,That Will Find You」といった大好きな曲も披露されて嬉しい。後半ではドラマーとの掛け合いのなかでBPMが加速していく演奏も素敵だった。しかし、そんな彼は「セナカイタイ……」とか言いながら腰にコルセットを装着していた。それでも漂うセクシーさと格好良さはズルい、ズルすぎる。

  そしてオウガ。圧巻、圧巻の一言であった。冒頭三曲は新曲が披露され、特に三曲目に披露されたミニマル、かつダンサンブルなビートが印象的。四つ打ちのリズムを基盤に、修行のようにストイックな演奏を爆発寸前でコントロールする彼らの演奏に、代官山UNITは徐々に熱を帯び高まっていく。メンバーの後方から照らされるライトは不穏さを掻き立てながらも、10分以上の演奏はその長さをひとつも感じさせず、混沌とした空間のなか音楽とともに身体を揺らす瞬間が永遠に続いてくれないか。そんなことを感じた圧倒的な新曲であった。その後の「ロープ」、「フラッグ」、「見えないルール」のリアレンジで、身体の内奥から動きが湧き上がってくる。ラストの「動物的/人間的」で美しいエンドロールが果たされ、これは一時間じゃ足りない、ワンマンライブも是非行きたい、新作も楽しみでしようがない。そう思ったライブであった。

 

  そんなこんなな日々を過ごしていた先日の朝、家を出ようと玄関のドアーを開けると、桜の花びらがそこかしこに落ちていた。思えばこれまで住んできた住居の近くには桜の木が植えてあったことはなかったと思い返しながら、東京にはやけに桜が多く植えてあるな、などと思った。やたらと目につく桃色の花弁の、その豪快な咲きっぷりにややオラついている感があるな東京の桜は!とか思いながら、点々に落ちている花びらを見つめていると、フラつきながらもそれなりにこの土地で時間が経過していること、暮らしていることの実感が生じてくる。一眼で印象深いものに心惹かれるよりも、その変化であったり、移ろいに眼を向けたいものだなあ。と思いながら現前にうつるのは、馴染んでいない革靴によって、段々と黒ずんでゆく踵の靴擦れの変化。傷が早急に癒え、正しい足取りで道を歩けるように回復することを願う毎日である。(了)

 

 

檸檬の刺青

  引っ越してきてから、およそ3週間が過ぎようとしている。住んでいるまちは生活面や文化面では大いに満足できる環境ながら比較的穏やかに過ごせるのだが、一歩外に出て新宿、渋谷などに諸用で移動すると、あまりの人の海に疲弊していまうのは、元来田舎で育っていたから故なのか。その渋谷で大学時代のバスケ仲間と飲んでいて、酔いも回った頃にある奴が急に某英国風居酒屋に行きたいと言い出し、地下にあるその店に入ったものの、あまりの混雑具合と、上空に漂う夥しい性欲の霧に完全に参ってしまって途中退室した。ああいった場に順応して楽しめることを羨ましくないと言ったら嘘になるが、やっぱり自分にはそんなことはできないなと思って、その日の帰りに松屋のプレミアム牛飯をひとりで食べて、この瞬間こそが最も落ち着くんだということを味噌汁を啜りながら認識したのだった。ズズズ。

  ちなみに別の友人と同じ渋谷で飲んだときには、アットホームな焼鳥屋さんに連れて行ってもらった。愛嬌のあるおかみさんのお店にまつわるお話、彼女がおススメするに応じながら食べた焼鳥(絶品!)や、その具材当てQuiz大会を行ったことは非常に楽しい記憶として残っており、結局土地の名前で物事を決めつけるのではなく、何処へ行き何をするかにかかっているのだな。尊敬する人に案内してもらった高円寺も、面白そうな場所が多そうである。店の名前は失念してしまったが、ベトナム料理店のスパイシーなフォーはすごく美味しかった。

 

  何処にいくかという側面では、東京はあらゆるイベント事などには足を運びやすいので、まだ一ヶ月も経っていないのに、かなり充実した日々を送っている。柴田聡子さんの弾き語りインストアライブにも訪れることができた。前回の雑記でも書いたように本年自分にとって非常に大切な一枚『がんばれ!メロディー』の楽曲群は、弾き語りになるとその歌の力がより際立っていたように感じる。本人にもお会いしてサインも頂けた。「Run Away」も素晴らしかったと伝えると、本人から「イ・ランにも伝えておきます」と言われて「涙が出ちゃう」くらいに嬉しかった。

 

  Vampire Weekendのヴォーカル・エズラの緊急来日にも足を運んだが、あまりの人の多さに中に入れず悔しい。本当に単独来日公演をやってほしい。近くで並んでいた青年は整理券をゲットして無事中に入れたようで、こちらも嬉しくなった。そういえばSuperorgnismのオロノもいた。星野源ANNでの彼女の発言、アティチュードは感心することばかりで、星野源が最後に述べたように価値観の異なる人に対しては面白い!と、同じ人間に対しては最高!と寄り添う姿勢は、自分も大切にしていきたい(次の話にもつながる内容)。

 

  ようやく会社員生活が始まって、研修というタスクをある程度真面目にこなしているのだが、一部上司やマナー研修講師の保守的過ぎる考えを聞くと、少し、いや、大変疲弊してしまう。だが、そこで拒絶するのではなく、なぜ彼らがそのような思想に至ったのかを考えていくことの重要性は、最近読み終えた『社会学はどこから来てどこへ行くのか』からひしひしと感じとっている。もう一度大学に入学できるのであれば、社会学をいちから学んで、研究していきたいと一年くらい前から漠然と考えている。

 

  ありがたいことに、そんな日々の疲労(まともに働いてもいないのに疲労するなよ)を癒してくれるスポットが通勤圏内には多い。少し足を延ばすとココナッツディスクに立ち寄れることが嬉しい。先週はミツメ『Ghosts』のレコードを入手することができた。これがまた良い作品なのである。冒頭の「ディレイ」から、甘美な歌メロを包む各楽器のアンサンブルが心地良いのだが、この曲のポイントは中盤以降に現れるノイジーなギターだと感じている。絶妙な音の配置、そして一聴穏やかではあるが垣間見える狂気性が堪らない。先行シングルの「エスパー」、「セダン」はアルバムを通して聴くと、その名曲っぷりが風格を伴って強く印象付けられるのに加え、ほかの新曲も一切の隙がない。個人的ハイライトは謎の飛行体Xの不時着と再飛行を傍観する視点の歌詞の不穏さと、美しいサウンドの絡み合いが素晴らしい「エックス」。

 

  そして会社員初の休日は、友人たちと原宿のリーボック・ポンプシリーズの展示を見てから、新宿に移動して山戸結希企画『21世紀の女の子』を鑑賞した。「自分自身のセクシャリティあるいはジェンダーがゆらいだ瞬間が映っていること」という共通のテーマを基に、15人の女性監督が制作したオムニバス作品が連なるこの映画は、各編非常に考えさせられる内容で唸りながら観た。特に印象深いのは、三浦透子演じる女性の内奥に潜む女性性と男性性のジレンマが、夢想的なシーンを通して描かれる井樫彩監督「君のシーツ」。突然失踪してしまった恋人を想う橋本愛の姿は破壊力高すぎて自分のスカウターは木っ端微塵になりました、松本花奈監督「愛はどこにも消えない」。映画製作をしたい女性がある出来事を機に写真の被写体として撮られる側に移った、その際の感情の起伏を主演・伊藤沙莉が見事に演じる金子由里奈監督「projection」の三編。金子監督に至ってはまだ学生なのかよ、すごいという言葉しか出てこない。そしてクライマックス、企画者・山戸結希監督による「離ればなれの花々へ」は圧巻であった。人が生まれる前の胎内の蠢きを、そして映画の誕生と歴史とこれからを、あのようにして表現できるのか。宣言であり鎮魂歌。最後は涙目になっているところを、追い討ちをかけるように玉川桜監督によるエンドロールアニメーション、曲は大森靖子 feat.平賀さち枝「LOW hAPPYENDROLL–少女のままで死ぬ」が流れてきて、ノックアウト。素晴らしい映画体験をすることができた。勧めてくれた友人には大感謝。

 

  その後は新宿ゴールデン街に足を踏み入れて、ゴールデン・デビューをしようと意気込むも、やはりある種の怖さがあって、友人たちと3周くらいしてしまったのは我らながら可愛らしい時間だった。ようやっと入店した最初のお店のレモンサワーは絶品で、本が所狭しと並べてある雰囲気も大好きだった。気が大きくなって、「あっ!おでんって暖簾がある!おでん食べたい、おでん!」と三人口を揃えて入った二軒目は、ラガーマン御用達のお店でこちらも居心地が良かった。座敷にいた若いビジネスマンが大声で猥談をしていたり、クッソ下手糞なラップを女に披露していたことが今でもムカつくのだが、彼らの会話など聴覚からシャットアウトしてしまえ。面白い常連さんとお話しをする機会に恵まれて、何かスポーツをやっていたのかと尋ねられた。自分は正直にバスケットボールを行なっていたと伝えると、そのお爺が「〇〇(失念)っていう選手を知ってるか?俺の同級生でオリンピック選手なんだが」と柔かに述べる。こちらもテンションが上がり、感激の意を伝え、いつどの大会に出場されたのかと問うと、「ローマオリンピック」と返ってきた。ローマオリンピック、1960年やないかい!親父も生まれていないやんけ!一晩で人間の内部に刻まれた歴史を強く実感するとともに、やはり良い場所に行くと良い出会いがあるんだなと認識した、そんな夜。かなり盛り上がって、別の友人と合流して朝まで飲むなんて、学生のノリが抜けきっていないような夜になったのだが、こんな時間を、居酒屋で会ったお爺たちのように続けていきたい。友人が話している「ジジイになったらみんなで同じ老人ホームに入居して、彫師を雇って、ヨボヨボの皮膚に刺青を入れよう」という謎の野望の達成がすでに待ちきれないのだ。(了)

日々、春の瞬間

 

  論文を提出して、さあやっと一息つくことができると思ったのも束の間、口頭試問や発表会の準備で追われに追われ、それらも無事に終了したかと思うと、怒涛の送別会ラッシュや新居へ引っ越すための準備を完遂したところ、いつの間にか3月も終了しそうである。

  無事に卒業することができ、随分と長い期間を学びに費やすことができたことの有り難みを感じつつあるが、自分の周りでもそうした卒業というものの話題が多い。

 


  2月には乃木坂46西野七瀬さんの卒業コンサートを観た。チケットを当ててくれた友人には感謝である。久しぶりに乃木坂46のライブを観たのだが、曲をショートバージョンで次々と披露していくスピード感があったことを思い出し、沢山の曲が聴けることを嬉しく思う反面、個人的に好きな曲はフルコーラスで聴きたいものだなとも感じた。

  しかし何よりも印象深かったのは、卒業する本人の西野さんが終始笑顔でパフォーマンスをしていたこと。別れの場面を悲しみにするのではなく、次のステージへと繋げていこうとするその姿勢に心打たれることになった。対照的に西野さんと同い年世代、1994年組の中田花奈さんがMC中に感極まってしまう場面にはこちらも現前が霞む。様々な事情により、Wアンコールの「光合成希望」をすべて聴くことは叶わなかったものの、このライブを観ることができ、芸能の場で活躍しながら様々な思いを抱きながら前に進んでいく同世代の姿を観ることができ、良かったなと思う。

 


  卒業というと、最近観ることができてなかった「青春高校3年C組」、ようやくリアルタイムに追いついているのだが、卒業ドッキリ?が行われ、こちらは生徒全員晴れて「留年」、来年度以降もほぼ変わらないメンバー、かつ3期生が加入するということで、真摯に生徒たちの活躍を応援する一視聴者である自分は嬉しい。学業の都合で抜けてしまう山口さんは残念だが、今後の活躍を祈っている。

  千鳥のネタ「寿司屋」で大悟が行うボケを生徒が代わる代わるに行った「イカ2貫選手権」でのわったーの活躍や、突発性難聴になってしまったノブナガの岩永へエールをおくる回など、私的ハイライトは多いが、特にバカリズムの前で果敢に大喜利を行う元ひきこもりの村西さんの溌剌とした姿が良かった。低いトーンの声で緊張感をもって淡々と、かつ楽しそうに大喜利を行う村西さん、そして一個一個に駄目出しを行おうとするバカリズムの両者の掛け合いが何とも面白い。関東圏に越してきたので、「青春高校」をTVの画面で視聴することができることも、今春からの楽しみのひとつである。

 


  そんなこんなで卒業に関する身の回りで見聞きしたものをつらつらと挙げていったのだが、そもそもこのブログやツイッターが音楽を中心とした感想を書いていこうとして始まったことをすっかり忘れていた。あちこちを行ったり来たりしている間に、耳から己の身体にグッと入り込んできた一枚は、柴田聡子『がんばれ!メロディー』である。

  柴田さんの歌声に、イトケン(Dr.)、かわいしのぶ(B.)、岡田拓郎(G.)、ラミ子(Cho.)といったメンバーの奏でるサウンドが、共同しながらひとつの織物を編んでいき、そしてそれは柔らかく暖かなものに仕上がっているのだ。本人も「今回、楽器もみんな歌ってくれているような感じがしました。」(https://www.cinra.net/interview/201903-shibatasatoko)と述べているように、各楽器のサウンドも心地良さと異質感が絶妙に合わさって、歌声のような生命を感じる。詞に関しても日常の断片にきらめく瞬間が積み重なって、聴き手の情感を呼び起こす。「結婚しました」の中盤以降の混沌とした進行や、「涙」のサビ直前の音の広がりには、強く引き込まれる。「ラッキーカラー」の切なさや、「佐野岬」のユーモア、「ワンコロメーター」や「セパタクローの奥義」に垣間見る狂気も良く、全曲フェイバリットである。アルバムタイトルの『がんばれ!メロディー』は、奏でられるメロディーそのものを鼓舞するだけでなく、「メロディー」そのものが音楽を通じたエールを聴き手におくっているのではないかと考えている。イ・ランとの共作『ランナウェイ』も素晴らしい作品である。イ・ランの音楽や著作にも興味がでてきた、最近。

 


  その他にはSolangeの19曲38分のなか、圧倒的な完成度でリスナーを屈伏させる『When I Get Home』や、サウスロンドン発、King Kruleをプロデュースに迎え、夜のまちにぴったりのダークな格好良さが印象的なPinty『City Limits』が、国外では再生回数が多かった。国内だと、2019年にドロップされたネオエレクトロポップガール、加納エミリ「ごめんね」の曲、MVのカオス感が堪らない、またDos Monos『Dos City』の暗闇から煮え滾るビートと沸き上がるリリックに感嘆、そしてキャリアハイの作品を完成させたTHE NOVEMBERS『ANGELS』などがお気に入りである。フィロソフィーのダンスsora tob sakanaの女性グループ勢や、君島大空といったとんでもない才能を持ち合わせたシンガーソングライターのアルバムも良かった。

 


  そしてようやく積読を読み進めることができていることも嬉しい限りで、勝利が遠いプロボクサーの葛藤と、彼を支援するトレーナーの交流が描かれ、晴れて芥川賞を受賞した町屋良平の新作『1R1分34秒』、そして『文藝』に掲載された「水面」を改題した、恋に躓く「ぼく」の物語『ぼくはきっとやさしい』、どちらも面白く読んだ。町屋さんの思考と身体性の結びつきを探っていこうとする言葉の運動や、弱さに関する追求が好きで好きでたまらない。

  また、彼が最も影響を受けた作家だというヴァージニア・ウルフを、そういえばきちんと読んでいなかったなと思い、岩波文庫版の『灯台へ』を読んだが、言葉を追うごとに圧倒される読書体験であった。哲学者ラムジー氏とその夫人と子供たち、彼らに関わる登場人物の思考に入り込みながら、灯台へ向かおうとする前の1日が、細やかに、美しく描かれる。生まれては消える思考や記憶を言葉にしていこうとし、登場人物の生の刹那が、続く第二章と第三章で切に迫ってくる。もっと早く読んでおくべきだった傑作。

  また今村夏子の最新短編集『父と私の桜尾通り商店街』は、これまでの今村作品のユーモアと不気味さがさらに洗練されている。かつてはチアリーダーのエース的存在だったにも関わらず太ってしまった女性の秘密に迫る「ひょうたんの精」がお気に入り。

  他にもこの数ヶ月で読んだ小説作品はどれも面白く、井伏鱒二西村賢太の各作品、滝口悠生『愛と人生』や上田岳弘『ニムロッド』もおススメである。短歌では、笹井宏之『えーえんとくちから』における優しさとユーモアに包まれた言葉の舞踊には感嘆させられるものがあった。

 


  こうして見聞きしたものを思い返して言葉にしていくことは、相当のエネルギーを使うのであるが、それでも語っていかなければならないと考えているのはクリスチャン・ボルタンスキー「Lifetime」展をみたことで、記憶をいかに形にしていくかについて大きく考えさせられたからでもあるが、何よりもこの長かった学生生活で出会えた様々な人々によって、自分が形成されているのだということをいま強く感じている瞬間を忘れたくないからに他ならない。現在も交流が続く友人や、長らく会うことができていない人、迷惑をかけてしまってほぼ連絡をとっていない人など様々いるのだが、それぞれの人からしか生まれ得ない言葉を受けとって、交流をもったことで、いまの自分がある。出会えた人、これから出会う人すべてに、空転してしまうかもしれない愛情を不器用ではあるが捧げていけたら良いな、と新生活が始まる直前に強く感じているのであった。

 


  さて、本題の新生活は周囲の環境も良く、これから待つ未だ見ぬ面白いものに期待が膨らむ。強く感じていることは、都会の徒歩10分と田舎の徒歩10分の違いである。現在は賑やかな商店街や住宅地を歩くときは、すれ違う人々や新しい景色によってあっという間に歩く時間はすぎていくのであるが、以前まで住んでいた土地だと徒歩は己の虚無と代わり映えのしない景色によって徒労感が半端ではなかった。田圃田圃の間を舗装したコンクリートの道、たまに通る自動車、飛び回る鴉にぶらつく野良犬、そしてただ歩く自分と、日を変えても変えても変化がない道。しかし、最近郡司ぺギオ幸夫『天然知能』を読んで、自らの心象が十分ではなかったのかもしれないとも考えている。氏は「知覚できないが存在する外部、徹底した外部」について考え、その外部を生きる次元について考察しており、ですます調で書かれてはいるもののなかなかに難しく、一周しただけではまだまだ己の理解が追いついてはいないが、この本を読んで田舎道を歩く自分は徹底した外部に目を向け絶えず運動していく「天然知能」が開かれていなかったのかもしれないと強く実感することになった。場所が変わったことをキッカケに、己の知覚できない外部への感覚を鋭敏に開いていきたいものだ。

 


  しかーし、新生活は金がかかってかかって仕様がないものだ。日用品や家具を買うのにも結構お金がかかり、そういえば通勤に使う革靴のリペアやスペア購入もしなければいけない。そんなことを踏まえながら算段していると、今月は机や椅子、ソファーベッドを買う余裕もなければ、映画を観たりライブに赴くことや、折角見つけた古書店レコード店で買い物をすることもできなさそうである。各種インフラは整ったものの、諸トラブルによりネット環境がしばらく使えず、現在はWi–Fi探索員として近隣を巡回している。とはいえ根が気にしいでできている自分は、Wi–Fi環境下の喫茶店や飲食店で長居することができず、いまは引越しの際に錬成された特製段ボールデスクでこれを書いている。この世に生まれ出た瞬間の自分は、まさか20代も半ばになって、段ボールの上でものを書いているとは、果たして予想していたのだろうか。(了)

「オラオラぁ、あざっした!」(CV:金属バットの友保さん)な2019年1月。

 

  眠っている間も意識が現実に接続していて、常に思考をめぐらせている日々だった。これまでの学びの集大成を仕上げてやろうと鼻息を荒く胸を張っていた二年前の自分はどこへ消えたのか。「うっうっうっ(涙)」机に張り付いてはいるものの、言葉は出てこない。思考の圧は身体にかかる重力を強め、猫背は治らなくなってしまった。インフルエンザ予防に効くと聞いて、紅茶を何度も薄めて飲む(金が無いんや、節約節約)。ストレートティーの濃い色が、白湯を足すごとに薄くなっていく1日のマグカップのなかの変化は、己のハリキリの薄まりとよく似ている。

 

  それでも足場から落ちるわけにゃいかん。ギリギリのところで踏ん張って、何とか学生最後の課題を提出し終えた。題材と意欲は努力賞、肝心の中身は残念賞。現在の自分の力量は、文字の印刷された紙にしか反映されないのだ。町田康の『告白』という小説で、主人公の城戸熊太郎が本当は弱い存在なのに、「直線的な力の行使」に対抗する「義」のために、ハッタリの技を駆使して内実の伴わない強さを獲得していくエピソードがあったと記憶しているが、自分の論文は字数と紙の量だけが強みで、書かれている内容はハッタリそのものなのではないかと考えてしまう。「うっうっうっ(涙)」

 

  だから、なにか、こう、悔しいのだ。そして、このままでは終わることができない。くるしくても、まだまだこの試みを続けていきたいという気持ちが、自分のなかに少しは見つかる。来年度からは知識をインプットする時間がかなり減ってしまうことが予期されるが、学び続け、思考を止めないように日々を過ごしていかなければならないのだ。脳を踊らせ続けよう。血肉が通った言葉を発していこう。

 


Toro y Moi - "Freelance" (Official Music Video)

 

  通学の際が一番憂鬱で、大好きな音楽も右から左へ受け流れてしまうのがまたこれ辛く、こちらのインプットはてんで駄目だったのだが、Toro Y Moi『Outer Peace』は心の底にある隠れてしまった気分を押し上げてくれる絶妙のファンクサウンドだった。勝手なイメージではあるが、おおらかに広かれた場所っていうよりも、狭い自室で聴くほうが良い。一聴すると冒頭3曲の跳ねるビートに身体が揺れるが、全体を通して緻密かつ内省的なサウンドプロダクションが前述の感想の要因ではあるのだろう。また「Laws of the Universe」という曲の歌詞に「James Murphy is spinining at my house/I met him at Coachella」とあるように、自室から解き放たれる想像力のようなものがアルバム全体を通して、行き渡ってると感じた(なんかこの文章、エセ評論家みたいでイヤだな)。今月のベストアルバムはこちらで間違いない。

 

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  カネコアヤノの新曲7インチ「明け方/布と皮膚」を無事に手に入れることができたことも、心の支えになった。これまでのカネコアヤノ(バンドセット)のエッセンスを突き詰めたような暖かなサウンドと、決意表明ともとれる歌詞が聞き手の生活を彩る「明け方」。ついにトロンボーンとフルートを導入、絶対合うに決まっているでしょ、カレーとトンカツみたいなものだよ、「布と皮膚」。インターネット上には公開されてない2曲ではあるが、昨年リリースの『祝祭』が大好きなひとたちには堪らないでしょう。今年も期待大のシンガーである。

 


Vampire Weekend - Harmony Hall (Official Audio)

 

  そして待ってました、Vampire Weekendの新曲リリース。海外の音楽を聴き始めたのは、ませにませてイキリ散らかしてた中学生のころだったと思うので、かれこれ10年は経つのだが、米国のアーティストならばずっと好きが続いているのが彼らだ(ちなみに英国だとThe xx)。公開された2曲ともに素晴らしいという言葉以外見つからず、アルバムのリリースが楽しみで楽しみでしようがない。

 


Have a Nice Day!(ハバナイ!) - わたしを離さないで【 MV Edit Version 】

 

  某音楽番組で2018年のベストソングが発表されていたが、そこで「あっ、新曲出してたんだ」と気づいたのがHave a Nice Day!「わたしを離さないで」。多幸感と切なさが同居しているとはまさにこのこと。この曲でライブでは観客がみんな踊り狂うんでしょ⁇最高に素敵じゃないか。MVの横田真悠さんも可愛い。

  あとは今月きちんと向かい合えていなかった作品がたくさんあるので、肌寒さが残るを苦悩を脱した2月のリセットした心で迎え入れたいと思う。

 


GEZAN-BODY ODD feat.鎮座DOPENESS.syucream.Taigen.LOSS .蛯名 啓太.OMSB-live渋谷CLUB QUATTRO(2019.1.24)

 

  とはいえ思い返せば、地元に帰省して旧友たちとの会話を弾ませたり、挑戦へ向かう塾の生徒を応援したり、作品が好きで追いかけ続けていた作家さんが芥川賞を受賞したことを喜んだりと、細やかな記憶はたくさんある。何かひとつのことに打ち込んでいたように思いがちだが、様々な出来事で埋め尽くされた1月だった。忘れたくないものはたくさんあるし、忘れてはならないこともたくさんある。色々とひと段落したので、ふたたび手帳を有効活用していこう。GEZANの姿を見聞きすると、そんなことを感じるようになってくる。

 

 「オラオラぁ、あざっした!」金属バットのお漫才で友保さんが発する台詞を、声を大にして叫びたい。

  最後は今年早々に覚えることのできて1番嬉しかった言葉を張って締める。(了)